「公益社団法人 日本写真家協会」の正会員となりました(2022年4月6日)

大変光栄なことに、この度、日本最大の職業写真家の組織である「公益社団法人 日本写真家協会(Japan Professional Photographers Society, 略称JPS)」の正会員となりましたことをご報告させていただきます。

写真家としてまだまだ未熟ではあり、何より経済的なサバイバル状態ですが、この時代をいかに写し取っていけるかを問い続け、表現の道を突き詰めていきます。今後も活動へのご理解と応援とを、どうぞよろしくお願いいたします。

*公益社団法人 日本写真家協会

https://www.jps.gr.jp/aboutjps/

オンラインイベント「見えない入管問題を考える〜収容者の家族として〜」(2022年3月30日開催分)

3月30日、入管問題をテーマとしたオンラインイベントを行いました。

前回、映画「牛久」を見て考えたことをオーディオプログラムとしてあげさせていただきましたが、今回のイベントは、「入管問題」をテーマに、その続きとなります。

イベントでは、ガーナ人の配偶者が牛久(茨城県牛久市)の入管施設に2年3ヶ月にわたって収容されたカタクリ子さん(偽名・入管収容者 妻の会会員)をお招きし、お話いただきました。

驚いたのは、旦那さんがあまりに突然に収容となったことや、その後の家族の生活も、さらには精神状態も、次第に追い込まれていったこと。また「入管収容者の家族」として、区別や差別を受けてきたこと。

法治国家として、在留資格に問題がある外国籍の方々を法的に取り締まることは当然のことですが、問題は処遇です。収容期間を示されることなく、収容者の自由を心身ともに奪い、大きな負担を家族にも強いる入管施設の現状は、やはりどこか構造上の問題があるのではないかと感じました。第三者による監視や運営などがあれば、まだ風通しが良くなるのかもしれません。

いずれ、「世論の高まりが入管問題を変えていくはず」とカタクリ子さんが言われたように、私たちが関心を持ち続けることが大切だと思いました。

当事者から具体的なお話をお聞きできた貴重な時間でした。

◀︎イベントの収録動画はこちらより(有料会員様限定の動画です)

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「見えない入管問題を考える」 HP有料会員サイトでのイベントのお知らせ

有料会員様向けにトークイベントを開催いたします。

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期日:3月30日(水)20:00〜22:00  zoomによるオンラインイベント

テーマ:「見えない入管問題を考える〜収容者の家族として〜」

ゲスト:カタクリ子さん(偽名・入管収容者 妻の会会員)

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小松由佳HPでは、有料会員様向けに月に一回のトークイベントを開催いたします。今月のトークイベントは、入管問題をテーマにした企画です。2021年10月の時点で、在住外国人労働者数は173万人、実に10年前の3倍近い数字に達しています。日本の深刻化する労働者不足を、こうした外国人労働者が担っている一方で、外国人の在留資格をめぐる問題も増えています。

特に在留資格のない非正規滞在者の外国人が、自国への強制退去令を受け、送還までの間に収監される入管収容施設(茨城県牛久市の「東日本入国管理センター」など)では、年々長期収容が常態化し、収容者への非人道的な扱いについて国際人権条約機関からも勧告を受けています。

本トークイベントでは、ガーナ人の配偶者が牛久の入管施設に二年間にわたって収容された経験を持つカタクリ子さん(偽名・入管収容者 妻の会会員)をお招きし、その経験をお話いただきます。現在、カタクリ子さんの夫はガーナへと強制送還され、家族はバラバラの状態です。夫の入管施設への収容が、家族にどのような日々をもたらしたのか、そこで感じた思いや課題、入管問題を知らない日本人に知ってもらいたいことなど、当事者の立場から語っていただきます。

▶︎カタクリ子さんについての記事(こちらはジャーナリストの志葉玲さんによるものです)

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20220222-00283233

イベントではまず、カタクリ子さんに1時間ほどのお話をいただき、その後は質問タイム、意見交換をしたいと思います。入管問題についての関心を深めるクリエイティブな時間となればと思います。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

またイベントのズーム情報は、イベント当日に有料会員の皆様にメールにてご連絡させていただきます。

また当日ご参加できない皆様も、後日、イベントの録画動画をサイトに公開いたしますので、そちらをご覧ください。以上、どうぞよろしくお願いいたします。

*こちらは小松由佳HPの会員様向けのイベントです。参加ご希望の場合、大変恐縮ですが、会員登録手続きを頂いてからのご視聴となります。よろしくお願いいたします。

<小松由佳HP 有料会員(月額1000円)のご案内について >

https://yukakomatsu.jp/membership-join/

小松由佳(2022年3月25日更新)

映画『牛久』と入管問題

入管問題に光を当てたドキュメンタリー映画『牛久』。通常、なかなか見ることのできない、知ることのできない入管内部の様子を、“隠し撮り”という手法で撮影した衝撃的な作品です。映画『牛久』を見た感想や学び、さらにトーマス・アッシュ監督に質問して「そこじゃない!」と叱られてしまったエピソードを盛り込み、入管問題について考えます。こちらは40分のオーディオプログラムです。ラジオ感覚でご視聴ください。

ご視聴はこちらよりどうぞ。

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プーチンのロシアとウクライナ 

2月24日から突如始まったロシア軍によるウクライナ侵攻。

ウクライナ各地では激しい戦闘が続き、すでに100万人近くが難民となって隣国に逃れた。この世界は、こんなにも不安定な均衡のうえに成り立っているのだ。

欧米諸国はロシアに対し、「武力侵略を容認しない」という強いメッセージを送った。異例中の異例という経済制裁も次々と課され、世界の厳しい目がロシアに向けられている。

ウクライナ。人は暖かく、大地は豊かで、詩的な美しさの漂う国。2008年、ユーラシア大陸横断の旅の途上、1週間ほど滞在した。首都キエフのドニエプル川を見下ろす高台で、夕暮れを寄り添うように眺めていたカップルの後ろ姿が忘れられない。

「揺れる大国 プーチンのロシア」

10年ほど前、あるNHKのドキュメンタリー番組を見た。「揺れる大国 プーチンのロシア」。2009年3月に4回にわたって放送され、書籍化もされた番組だ。現代のロシアを生きる人々の姿を追うことで、ロシアという全体像を浮き上がらせていた。

(https://www.amazon.co.jp/揺れる大国プーチンのロシア―NHKスペシャル-NHK取材班/dp/4140813830)

そこに登場した、初老のタクシー運転手の話が印象的だった。

「この国の歴史を知る者は、二度と国に背くことはしない」。

運転手はハンドルを手にしながら淡々と語っていた。過去にこの国で何が起きてきたか。どれほどの者たちが国に反旗を翻し、命を落としてきたか。ロシア人は皆それを知っているのだと。

番組全体を覆う重苦しい雰囲気から感じたのは、プーチンのロシアが、いかに維持されてきたかだった。かつての“強いロシア”への憧憬のもと、情報統制と監視を行い、越えてはいけない政治の一線を科すことで人々を繋ぎ止めてきた。

だが現代、世界はグローバル化・デジタル化によって急激に変化している。特にSNSのような世界的なネットワークは、メディアのあり方から個々の繋がり、社会のあり方までを内側から変えている。

このウクライナ侵攻でも、SNSを駆使した情報戦が繰り広げられている。戦闘の最前線がリアルタイムで投稿され、セレンスキー大統領自らが、スマートフォンでの自撮りという方法で、ウクライナ人はもちろん、敵国のロシア人に対してもSNS上で訴えかける。

いかに大衆に思いを訴え、彼らの心を動かし、具体的な行動へとつなげるか。コメディアン俳優、映画プロデューサー出身という異色の経歴を持つセレンスキー大統領は、それを誰よりも知っている。

このウクライナ侵攻によって、図らずもロシア自身が、自由主義という新しい価値観によって結果的に占領されるきっかけになるかもしれない。いくら力で押さえ付けても、インターネットによって多様な情報に晒される現代社会では、人の心の内まで抑えることはできないはずだ。

シリアからトルコに逃れたばかりの8歳の子供が描いた故郷シリアの絵。トルコ南部レイハンル、2015年。

8歳のシリア難民の子供による故郷シリアの絵。降り注ぐ爆弾、路上で亡くなる人々の姿が描かれた。2015年。

過熱するウクライナ報道への違和感

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ハサンケイフのヤギ飼いと太陽

                                                          

ティグリス川ほとりの街  

2009年夏、バスの窓からその土地をはじめて目にしたとき、あまりの美しさに息を呑んだ。

トルコ南東部、ティグリス川ほとりの街ハサンケイフ。約1万2000年の歴史があり、その上方の丘陵地には、古代の遺跡や墓が、柔らかな草原に埋もれていた。

かすかな踏み跡をたどって山の上に登ると、犬がかけてきて激しく吠えたてた。牧羊犬らしい。たじろいでいると、犬を呼ぶ男性の声に、犬はくるりと引き返した。その先に、ヤギの群れを連れた男性の姿が立っている。

ヤギの放牧をするチョバン(トルコ語で羊飼いの意)、ヤシャールとの出会いだった。風土に根ざした暮らしに興味を持ち、土地から土地へと旅をしていた私は、この山での放牧の仕事をヤシャールに見せてもらうことになった。

ハサンケイフ郊外の丘に残る古代の遺跡。崩れた石積みの建築物からは、かつての暮らしの痕跡を感じさせる。

クルド人のチョバン、ヤシャール

「アイへへへへへへ!」ヤシャールの声が、静寂の谷にこだまする。ヤギの群れに、「進め」の合図だ。100頭近いヤギが、砂ぼこりをもうもうとあげて谷を下る。

ヤシャールはクルド人。父親もその父親も、この谷のチョバンだった。年齢は本人もわからない。30歳ほどか。幼い頃から父に連れられ山を歩き、現在は兄と交代で放牧に出る。家族は年老いた母と二人の兄。兄たちは結婚して実家近くに所帯を持ち、母と二人で暮らしている。村と谷、山とを往復する毎日だ。

夜明け前。暗闇から朝焼けへと変わる谷の道を、ヤシャールと犬、100頭ほどのヤギが登ってゆく。朝日が差すと山は赤く燃え、世界が一変した。やがて手足の寒さが和らいでゆき、今度は太陽の暑さに苦しんだ。

何という、太陽の光の眩しさだろう。私たちはわずかでも日差しを避けられるよう、木陰から木陰へと歩いた。その前方で、ヤギは喧嘩をしたり戯れたりし、実に自由に進んでいる。

ヤシャールは一頭一頭のヤギに名をつけ、その父親や母親、祖父母の名まで覚えていた。群れには一頭の羊もおらず、全てヤギばかりだ。ハサンケイフの谷や山での放牧では、足腰の丈夫なヤギしか耐えられないからだそうだ。

正午頃、木陰に座って休む。ヤシャールはポケットから古びたラジオを取り出し、クルドの民謡を聞いた。その音色は抑揚があり、野や山々などの自然を彷彿とさせる。ヤシャールはトルコ語を話し、トルコ国籍を持ってはいるが、自分はトルコ人ではなくクルド人だと強調した。自らのルーツ、クルドの文化を愛し、誇りを持っているのだった。

まるで流れるのをためらうかのように、雲がゆったりと流れていた。ヤギの群れはいつの間にか視界から消え、犬が先に行ってヤギを見守っている。犬はヤシャールの信頼のおける相棒で、犬もヤシャールの役に立つことが誇らしい様子だ。

ヤギにとっては毎日登り降りする、勝手知ったる山の道。ヤギの踏み跡は、縦横無尽に山肌に刻まれている。

そのうちヤギの群れが岩場にさしかかった。足場が限られた巨大な一枚岩を、ヤギたちが一列になって降りていく。群れは整然と進むのかと思いきや、てんやわんやだ。順番待ちに耐えかねて前のヤギに頭突きするヤギ、後から来たヤギに踏まれ下敷きになるヤギ、突然交尾しようとする雄ヤギまでいる。そんなヤギたちをヤシャールはほらほらと指差し、困ったという仕草で笑った。

ヤギたちが軽々と下っていった岩の斜面で私は立ち止まった。下は百メートル近く切れ落ちる急傾斜の断崖絶壁。足を踏み外せば真っ逆さまだ。次の足場まであと少しのところで、どうしても足が届かない。登山でも、安全のためロープをつけて登るような場所だ。

ためらっているうち、ヤギの群れもヤシャールも先に行ってしまった。彼らにとっては、全く何でもないところなのだ。

山の上に残された古代の遺跡。大きな岩を削って作られた、祭祀場のような場所だ。羊とチョバンしか歩かないような山の上にひっそり残されている。

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「IS指導者、米軍の急襲によりシリアで死亡」の報道に思う (2022年2月8日)

日本ではあまり大きく報道されなかったが、2月3日、イスラム国(IS)の指導者が、米軍の急襲により家族と自爆死した。事件が「正義のための戦い」として報道され、過去になっていく。その違和感のあまり、(我ながら驚くが)二日ほど目が冴えてよく眠れなかった。現地メディアの動画報道を目にして頭から離れなかったこと、考えたことを、ここに書きたい。

突然の報道から数日経ち、次第に事件の全容が明らかになってきた。

アメリカのジョー・バイデン大統領は2月3日、米特殊部隊がシリア北部で夜間の急襲作戦を実行し、イスラム国(IS)の指導者と幹部が死亡したと発表した。

作戦は3日未明にかけ、シリア北西部イドリブ県アトメにて行われ、イスラム国(IS)の指導者アブ・イブラヒム・アル・ハシミ・アル・クライシ指導者が妻と子どもを巻き添えに自爆。指紋とDNA分析によって本人確認がされた。

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.bbc.com/japanese/60255298.amp%3Fusqp%3Dmq331AQIKAGwASCAAgM%253D

(「IS指導者、シリアで死亡 米軍が長期計画の作戦実施 」 BBC   2022年2月4日)

https://www.afpbb.com/articles/-/3388400?act=all&pid=24155693

(「IS最高指導者が自爆死 米軍、シリアで急襲作戦」AFP 2022年2月4日)←こちらは写真が充実しています。

バイデン大統領は、「世界にとってのテロの脅威が取り除かれた」と演説し、作戦の成功を謳った。現地の救助団体ホワイト・ヘルメットの発表では、作戦が実施された住居で、子供6人と女性4人を含む13人の遺体が見つかったと発表。(https://www.syriacivildefence.org/en/latest/statements/brief-us-raid-idlib/ホワイト・ヘルメット 2月3日)。

急襲によって自爆死したクライシ指導者は、バグダディ死亡後に指導者となった人物だ。1976年イラク出身で、アメリカ軍によるドローン攻撃で足を切断し、義足を付けていたとされる。

事件現場を撮影した、現地イドリブ県の反体制派メディア、「オリエント」の報道を見た。

https://fb.watch/a_erGn7SvZ/

(Olient  *こちらは動画です)

現場は近隣の人々が野次馬に集まったりと騒然としていたようだが、イドリブ県では、空爆や襲撃が何年にもわたって頻繁に行われてきた。今回のように米軍機が突如やって来て、特定の家族を殺害することに、人々の驚きもそこまでなかったようだ。それだけ尋常ではない状態が続いてきたということか。

現地メディアの動画には、崩れ落ちたコンクリートの家屋や、ものが滅茶苦茶に散乱した室内が映っており、激しい戦闘が起きたことを感じさせた。目に入ったのは、吊り下げ式の青いブランコや、爆発現場に放置された赤い子供服。クライシ指導者の家族と思われる、小さな子供が一緒に住んでいたのだ。もしかしたら、クライシ指導者とともに、一緒に亡くなったのかもしれない。その子らが、最後にどんなに怖い思いをしただろうか、痛い思いをしなかっただろうか、と思った。

血痕が飛び散った台所には、オリーブの油漬けの瓶や、香辛料の瓶などが整然と積まれていた。ここに、毎日台所に立っていた女性たちがいて、日々の生活があったのだ。

この家の大家によれば、クライシ指導者はほとんど外に出ることはなかったが、あるときオリーブの実を摘み取っていると、コーヒーを持って来て、一緒に語らったことがあったという。近所の人々は、指導者を穏やかで快活な人物なタクシードライバーだと思っていたようだ。指導者は、この家に1年ほど前から暮らし、スマートフォンでISの各部隊に指示を送っていたとされる。

https://www.afpbb.com/articles/-/3388643?cx_amp=all&act=all

(「穏やかな隣人がIS最高指導者、住民驚き シリア」 2022年2月5日 )

事件のあったイドリブ県アトメが、毎年取材を行うトルコ南部ハタイ県レイハンルに非常に近い土地であったこともあり、BBCやAFPなどのさまざまな媒体からこの報道を読んだ。そのほとんどが、指導者の殺害という結果をして作戦の成功を宣言し、「テロとの戦い」「正義の戦い」を謳っていた。

だが、多くの命が失われた現場を目にして、複雑な思いが込み上げる。

人間は誰しも、その存在を脅かされることなく生きる尊厳を持っているはずだ。自らの信条を他者に強要して、それを奪うことは誰にも許されない。人間の尊厳や権利を踏みにじる、テロリストとされる人々の罪は重い。だが、その命の尊厳は、同時にテロリストの側にも当てはまるのではないのだろうか。

その思想、行動が誤っていたからとて、その人物の生命、存在自体が、こうして正義の名の下に武力行使で奪われる。それを「正しい」と言えるのだろうか。

私はISやテロリストを支持したいのではない。IS幹部として行ったことへの罪は負うべきだと思う。だが人間は、こうやって武器をとって戦うことでしか、戦いをやめられないのだろうか、奪われたら、奪うことでしか収拾できないのか、と思ってしまうのだ。それなら、方法としては結局ISと同じではないか、と。

クライシ指導者は、IS幹部として多くの殺害計画に関わり、ヤズディ教徒の女性の奴隷化を支持したとされるなど、人道的な罪を犯した人物でもある。だが、容疑者が亡くなった現場に目を凝らせば、テロリストという側面とともに、誰かの夫であり、子供の父親だったという側面も目に入った。

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映画「国境の夜想曲」サイトにて、感想を掲載いただきました。

・・・どんな場所でも、どんな夜でも、必ず朝は来る・・・

イラク、レバノン、シリア、クルディスタンを舞台にしたドキュメンタリー映画、「国境の夜想曲」。その名の通り本作は、国境地帯での人々の営みを、圧倒的リアリティと、光と影を印象的に捉えた美しい映像によって描いた作品です。

「国境の夜想曲」 

https://bitters.co.jp/yasokyoku/

2022年2月11日より、全国ロードショー。気鋭のドキュメンタリー映画監督して知られるジャンフランコ・ロージ氏の最新作で、ヴェネチア国際映画祭にて三冠を受賞しています。

大変恐縮ながら、私も同地域を取材しているというご縁から、「国境の夜想曲」の感想を作品のサイトに寄せさせていただきました。どうぞご覧ください。

https://bitters.co.jp/yasokyoku/interview1.php

「国境の夜想曲」は、中東地域を舞台にしたこれまでの映画とは全く違った、新しいドキュメンタリーです。本作の素晴らしい点は、彼らが誰であり、どこに生きているのか、背景にある情勢や政治についての具体的な部分を語ることなく、ただ目の前に存在している人間の姿を圧倒的リアリティで写し出している点です。そうした点で、例え人々が政治やイデオロギー、民族によって分断されていても、カメラが捉えた人々はカテゴライズで分断されることなく、あるがままの人間として私たちに迫ってくるのです。ぜひ映画館での大画面での鑑賞をお勧めいたします。

                                        (2022年2月2日)

オンラインイベント「コロナとともに去りぬ〜日本からヨルダンに渡ったシリア人、マフムード〜」が終了しました。

1月30日(日)に開催されましたオンラインイベント、「コロナとともに去りぬ〜日本からヨルダンへ渡ったシリア人、マフムード〜」が終了しました。ページの最後にイベントを収録した動画のURLを貼りました。ご自由に視聴ください。

私事ですが、実はイベント三日前から肺炎にかかっていることがわかり、当日は声が出づらかったほか、激しく咳き込む場面もあり、大変お見苦しい点があり、申し訳ありません。PCR検査の結果、コロナは陰性でしたが、肺炎が思ったより進行していたようで、しばらく呼吸がしづらく、かつて経験した高所登山の標高7000mほどの呼吸の苦しさを感じていました。改めて、地上にも酸素の薄い世界があることを体感致しました。(イベントとは全く違う感想ですみません)

イベントでは、マフムードや通訳を務めたマジェッドさんより、とても重要な話もありました。

・内戦下のシリアでは、電気・ガス・水道が激しく制限されており、洗濯や入浴が満足にできないこと。

・そのような状態から日本に来たので、日本での過酷な生活環境も、シリアよりずっとマシだったこと。

・(意外にも?)シリアよりも日本の労働の場の方が、人の真心を感じたこと

・日本での法の光の届かない労働の実態

・日本よりも生活しやすいことを期待して向かったヨルダンでは、シリア人への差別もあり、仕事も見つけるのが困難で、日本よりも暮らしにくいと感じていること(ヨルダンの方が、収入に対して必要な生活費の割合が大きい)。

〜などなど。

その後マフムードは、ヨルダンでの生活を続けるのが困難と判断し、トルコに渡航しました。紛争国シリアで生まれ、長引く内戦の影響を受けながら、国から国へ、土地から土地を転々とするマフムード。そこには、激動の時代に翻弄される一人の人間の姿を感じます。

マフムードとは、これからも繋がり続け、彼がシリア人としてどのように生きていくのかを見つめていきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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コロナとともに去りぬ〜シリア人のマフムード、日本からヨルダンへ〜2022年1月18日

突然やってきて、突然去って行ったマフムード

シリアで床屋として修行し、内戦下の政府軍の上官となり、ヒヨコ屋を開き、日本でバスに暮らしながら建築現場で働き、ヨルダンでうら淋しく涙を流している男。

突然やってきて、突然去って行った。それが、マフムードに対する私のイメージだ。

彼が長期間居候していた我が家には、今もマフムードが置き忘れていったものがあちこちに残っている。色あせたズボンやボロボロの下着、そして数々の、凹凸のあり過ぎる思い出・・・。

マフムードがやってきたのは2020年の暮れ。来日を知ったのはその二日前だ。日本で建設会社を経営するシリア人が、シリア人の労働者を招聘したがっている。それを聞いた夫が、甥のムハンマドと親族のマフムードを紹介。彼らはコロナ禍の真っ只中、労働のために日本にやって来た。

(夫の家族であるアブドュルラティーフ一家と。右端がムハンマド。その左上に立っているのが夫ラドワンだ。2009年、パルミラにて)

シリア中央部のオアシス都市、パルミラ。この街が、マフムードの故郷だ。夫やムハンマドとは幼馴染で、遠い親戚。三人は兄弟同然に育った。しかし彼らのその後を決定的に分けたのは、2011年1月に政府軍に徴兵されたことだった。折しもシリアが内戦状態へと向かう直前のことだ。マフムードは北西部イドリブ県の駐屯地に、夫やムハンマドは首都ダマスカスの駐屯地に配属されたが、民主化を求める運動がシリア各地で起きると、政府軍はその弾圧を行った。夫やムハンマドは、民衆に銃を向ける罪悪感から軍を脱走し、それぞれヨルダン、トルコへ逃亡。難民となる道を選んだ。

(パルミラ近郊の沙漠にて、2009年。中央がマフムード、右がムハンマド)

一方でマフムードは、政府軍の一員としてあり続ける道を選んだ。給与を手にできたし、一日中寝て過ごせたからだ(マフムード談)。やがて上官となり、最終的に300名ほどの部下も持った。軍隊を離れてからのマフムードは、親類の家を点々としながらヒヨコ屋を開いたりもしたが、働いて手にできる僅かな収入に納得できず、やがて寝て暮らした。そこに降って湧いたのが、日本で働くという話だったらしい。そしてもう一人、夫の甥ムハンマドは、老いた両親や姉の生活を担っていたが、トルコでのコロナ禍による失業にあい、日本での仕事の話を得た。

こうしてシリアからマフムードが、トルコからムハンマドがやって来た。労働許可が降りるまで、彼らは私の夫を頼り、東京都八王子市の我が家で居候をはじめた。私は長期にわたって彼らの寝食の世話をしなければならず、二人の幼い子供の育児と家計もほぼ担っていたため、現実はパニックの一言だった。マフムードとムハンマドは大食漢で、我が家の家計を悪気なく圧迫し、またアラブ料理しか口にできず、魚介類も全く食べられなかった。さらに深刻なことは、私の作るアラブ料理が危険な味だったことだ。やがて料理上手なムハンマドの台所での権力が増し、いつの間にか、調理はムハンマドが(私は彼を「マーマ・ムハンマド」と呼び、“お母さん”として慕った。)、食材を買って片付けるのは私、という役割分担が生まれた。

やがて労働許可がおり、彼らは3月に千葉へ越していったが、待ち受けていたのは過酷な現実だった。

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新年のご挨拶〜昨年の振り返りと今年の活動について〜

皆さま、新年明けましておめでとうございます。

今年もより写真活動を深め、また広げていけるよう努力します。

昨年は様々な意味で怒涛の一年でした。

しかしだからこそ、もがきながら、新しい境地に向かうことができた一年でもありました。

話すのが下手ですが、2021年を振り返り、そこから見えてきた今年の活動についてお話しします。

30分間の音声データです。どうぞお聴きください。

(こちらは有料会員さま限定のコンテンツですので、URLの公開をされませんようお願いいたします)

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写真展で集めさせていただいた「シリア難民生活支援カンパ」をトルコ南部に送金しました。受け取り手がシリア難民のため、複雑な事態が起きました(2021年12月31日)。

2021年12月10日〜16日開催の写真展「シリア難民 母と子の肖像」で集めさせていただいた「シリア難民生活支援カンパ」を、現地に送金しました。

こちらを読んでいただくにあたり、事前に私のfacebookのこちらの投稿を読まれることをお勧めします。

https://www.facebook.com/yuka.komatsu.0922/posts/4401215193321394

写真展で夫との関係が氷河期に突入

今回の写真展「シリア難民 母と子の肖像」は、私にとり2年ぶりの写真展。今が厳しくとも(いつもサバイバル状態なのですが)この先に活路を見出し、そこへ進む覚悟を持つため、自分自身にとって渾身の一撃となる表現の場でした。そんな気合の入った展示のため、毎日の在廊は当然のこと。来場いただく方々と直接お会いし、お話しさせていただくことで、自分がなぜ写真を撮るのかという行為についても考えさせられる機会でした。

平日は19時まで、会場である富士フィルム様の銀座のギャラリーに在廊。それから急いで帰宅して、在住の東京都八王子市方面で子供を預かっていただいた友人宅にお迎えに行ったり連れてきていただいたりで、帰宅は毎日22時頃となりました。子供を見ていただいた方々にとっても、そして子供にとっても、大変なハードスケジュールでした。

子供たちを写真展会場に連れて行ったら、会場を裸足で走り回りえらいことに。

その間、(シリア人の)夫は、徒歩3分の距離で暮らす甥のムハンマド(2020年12月に労働のため来日。2021年8月、仕事中にトラックに挟まれる事故に遭って療養中)の家に入り浸り、ご飯も食べさせてもらっていました。写真展の会期中、会場でのトークイベントにも参加してくれた夫ですが、写真展の後、夫との関係が悪化してしまいました。「私が仕事ばかりして、家族の時間を大切にしていない!」というのが理由でした。

シリアでは、ダマスカスやアレッポなどの大都市を除き、妻たちの多くが専業主婦です。夫が外で仕事をし、収入という物質的な糧を家庭にもたらす存在なら、妻は家庭を守り、精神的な糧を家族にもたらす存在とされます。つまり妻の役割は、「家族を精神的に幸せにすること」となのです。シリア人の妻たちは夫を尊敬し、夫を立て、夫が満足するように完璧な家事、育児を愛情深くこなします。そのため、ほとんどの時間を家で子供たちと過ごします。

2011年まで、シリア砂漠でラクダの放牧を手がけていた夫。シリア中央部パルミラの大家族に生まれた。

こうしたシリア人の奥さんたちに比べ、写真展の重要な期間とはいえ、私のように家を夜間まであけ、子供たちを友人の家に毎晩預け、家の中をめちゃめちゃにしているのは「とんでもない妻」とのことで、一気に夫との関係が厳冬期のアラスカのように冷え込んでいったのです。

事前に、「写真展の期間は忙しくなるから」と話をしていたのですが、過去でも未来でもなく、常に「今」にしか気持ちをシフトしていない夫にとっては、突然やってきた事態が理解不能だったのです。

夫はマーマ・ムハンマドと同棲生活

そして夫は家を出て行き、徒歩3分の距離に住むムハンマドと同棲生活を送るようになりました。ムハンマドは料理が上手で、夫の甥、つまり夫の姉の息子であることから、彼の作るアラブ料理はまさに「おふくろの味」。私には再現できない微妙な味付けができるので、以前から夫はお腹が空いたら「ムハンマドの家に行ってくる」と言い、私も「マーマ・ムハンマド(ムハンマドお母さん)」と呼んで、ご飯をご馳走になっていました。

そんななかでの夫との関係悪化。夫曰く、「ユカよりもムハンマドのほうが、作ってくれるご飯も美味しいし、部屋も綺麗だし、自分を大切にしてくれる」とのこと。もはや、妻の存在価値なし・・・!

絶句・・・!!

もう、お妾さんに夫をとられた気分です。

子供たちとマーマ・ムハンマド。料理上手で働き者。

困ったのは、この夫との関係の悪化の影響で、怒り狂った夫が私への一切の協力を拒み、写真展で集めた「シリア難民 生活支援カンパ」の送金を、従来のアラブ系銀行での送金にできなくなったという事態でした。

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拙著『人間の土地へ』(集英社インターナショナル/2021)が「梅棹忠夫・山と探検文学賞」の最終選考作品に選出されました(2021年12月28日)

http://umesao-tadao.org/11thpre.html

「梅棹忠夫・山と探検文学賞」は、日本における文化人類学のパイオニアである梅棹忠夫氏にちなみ、登山や探検活動をテーマとした作品に贈られる文学賞です。2021年5月に山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞したこの作品が、「未知の領域」へ挑むという点でも評価をいただいたことを大変光栄に思います。大賞の発表は2022年3月となります。

写真展「シリア難民 母と子の肖像」が終了いたしました(2021年12月10日~16日 富士フォトギャラリー銀座にて)

一週間という短い会期でしたが、2200人ほどのお客様にご来場いただき、2年ぶりの写真展が終了いたしました。ご来場いただきました皆様、どうもありがとうございました。
母親と子供の関係性からシリア難民の状況を浮かび上がらせ、私たちが想像するという写真展。音声ガイドなどの新しい表現法も駆使しました。その試みは、写真表現の新しい行先を示してくれました。今後も見つめ続け、撮り続けたいと思います。


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写真展「シリア難民 母と子の肖像」を終えて(2021年12月10日〜16日開催 富士フォトギャラリー銀座にて)

月日の流れはただでさえ早い。だが、自分が持てる全てを投入した時間は、流れ星のように一瞬の煌めきで終わる。今年もそんな時間を持つことができた。

2021年12月、2年ぶりに写真展を開催した。小松由佳写真展「シリア難民 母と子の肖像」。トルコ南部に暮らすシリア難民の、特に母と子の関係性に焦点を当てた展示だ。イスラムの格言には「天国の門は母親の足元にひらける」という言葉がある。イスラム社会において、母親の役割は家庭を守り、子供を産み育てることとされ、とりわけ子供の人生に対して母親に課される責任や役割が大きい。そうしたイスラム文化のシリア人の母たちは、難民となったことで、さらに多くを抱えなければいけなくなった。とりわけ生まれてから死ぬまで、母と子が一体としてあるシリア人の母子には、父と子の関係性にはない深い繋がりがある。難民という不安定さを一手に引き受けているのは、父親よりもむしろ母親たちだ。会場では、こうした視点から垣間見た母と子の関係性から、難民という立場、さらに彼らが抱えているものを感じとり、内戦が人々に何をもたらしたのかを考える場にしたかった。

写真展は2つのギャラリーを使った。一つ目のギャラリーでは、難民の生活風景をカラー写真で表現した。さんさんと太陽の輝く、緑豊かなトルコ南部に難民が暮らしている。これは外側から見たシリア難民の姿だ。そして次のギャラリーでは、やや暗めの照明の下に、モノクロ写真で構成された母と子の写真が並ぶ。これらは内側から見たシリア難民の姿で、彼らの心の内に迫っていく意図がある。

表現したかったのは、難民たちの全体像でも、明瞭で綺麗な写真でもない。難民としての、曖昧で、不条理で、不安定な立場そのものだ。そのため懐中電灯という、光量も動きも「一定ではない」光源で、彼らの一面だけをわずかに浮かび上がらせた。そして光が当たらない部分に、私たちが「写真のその奥にあるもの」を想像する素地を残した。

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小松由佳 写真展 「シリア難民 母と子の肖像」 2021年12月10日〜12月16日

写真展を360度カメラで撮影した「VR写真展」が、こちらからご覧になれます。音声ガイドと併せて、是非ご覧ください。
また展示写真の販売も行っております。どうぞ宜しくお願いします。

VR写真展(2022年12月初めまで)
https://my.matterport.com/show/?m=aAb7bMxGbrz

音声ガイド(2022年3月8日まで)
https://mguide.jp/2/komatsu?lang=ja#/

QRコード:

音声ガイドご説明資料:

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~2年ぶりの写真展開催のお知らせ~
小松由佳 写真展『 シリア難民 母と子の肖像 』

昨年は新型コロナの登場に経済的打撃を受け、ギャラリーでの写真展を開催ができませんでした。
今年もまだ不安定な中ではありますが、今年こそは表現の場をしっかり作りたいと写真展を開催させていただきます。


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写真展開催のお知らせ 「シリア難民 母と子の肖像」 2021年12月10日〜12月16日

~2年ぶりの写真展開催のお知らせ~
小松由佳 写真展『 シリア難民 母と子の肖像 』

昨年は新型コロナの登場に経済的打撃を受け、ギャラリーでの写真展を開催ができませんでした。
今年もまだ不安定な中ではありますが、今年こそは表現の場をしっかり作りたいと写真展を開催させていただきます。


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ムスタファと小鳥

ムスタファ・カービースはシリアのアレッポ出身。
2011年以降のシリア内戦により息子を失くし、家も破壊され、安全を求めてトルコに逃れました。しかし避難先のトルコでは、生活の困窮や人々の無関心に直面します。
それでも4人の娘たちのため、シリアで負った空爆の後遺症や病気と闘いながら働きます。
一家の生活は常に困窮し、コロナ禍で苦境にますます拍車がかかりますが、一方で、生活再建のための新しい取り組みや希望も生まれます。
シリア内戦から10年、今を生きるシリア難民の現状を伝えるショートドキュメンタリー。

( 「#01 ムスタファと小鳥」  2021/15分30秒 撮影・編集:小松由佳 )

第8回 山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞いたしました(2021年5月)

第8回 山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞いたしました。
https://www.mymf.or.jp/prize.html

(選考評)
https://www.mymf.or.jp/topics/news_2021-05-14.html

シリア内戦を内側から描いたノンフィクション「人間の土地へ」(集英社インターナショナル/2020)を評価いただき、受賞となりました。

共同通信様より取材いただきました(2021年3月)

「遊牧民的価値観と共生」(2021年3月)

(中部経済新聞に掲載)
https://www.chukei-news.co.jp/news/2021/03/13/OK0002103130801_01/

(アラビア語版)
https://www.syria.tv/قصة-سوري-من-تدمر-تزوج-من-يابانية-بعد-انشقاقه-عن-قوات-النظام?fbclid=IwAR3ZdW4bxMurbvP5zaK_Xkfv8R6-t0LLdq7P1mt6g2NyLBie4FZiSXSk_Fo

以下、記事より抜粋。

「昨年末には、夫の親戚らシリア人2人が来日した。小松ら家族と寝食を共にしている。ある日の夕食は『マンサフ』と呼ばれる鶏肉を使ったシリア風の炊き込みご飯だった。同居人が増えても、小松は意に介さない。『10年ぶりに会ったので、懐かしい。シリアにいたときのような感覚』。シリアの人々への愛情は懐の深さの証でもある」

「続 人間の土地へ」

人間は、未知なるものに惹かれ、それを知ろうとする存在だ。例え先が見えず、大きなリスクが待ち受けているとしても、見たことのない世界を見たいと願い、知らないことを知ろうとする。そして、私もまたそうした一人でありたいと思ってきた。


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