海を渡ったエブラヒムとの嬉しい再会【イギリス取材レポート-3】

(この記事は、12/24〜1/13までのイギリス取材を写真で記録した記事です。こちらの記事は、「有料会員」以外の方にも公開しています)

ロンドン北部のヒンチュリーに暮らす兄、アブドュッサラームの家を拠点に、昨年、「不法移民」としてイギリスに入国した夫の兄や甥の取材を始めました。アブドュッサラームは、11年前にイギリスに渡り、イギリス人の女性と結婚し、安定した暮らしを送っています。

そのアブドュッサラームを頼り、昨年の冬、私の夫の兄アブドュルメナムと夫の甥エブラヒムが、「不法移民」としてこのイギリスに上陸しました。現在二人は、ロンドンから北に車で1時間ほど離れたミルトン・キーンズの難民収容施設に暮らしており、この二人がこの取材のターゲットです。二人は今、難民申請中で、難民認定を待っている段階ですが、入国して一年と 一ヶ月が経った今も、まだ認定が下りていません。さらにイギリスでは、欧州諸国のなかでも「不法移民」に対して厳しい処遇をとる方向性へと舵取りをしつつあり、今後やってくる「不法移民」に対し、イギリス本土への定住を認めず、ルワンダに送還する計画も国会で審議されています。こうしたなかで、難民申請中の兄たちは、どのように収容施設で今を過ごしているのでしょうか。

12月27日、クリスマスは過ぎたものの、日本からやってきた私たちをもてなすため、アブドュッサラーム兄が家族でクリスマスのお祝いの夕食を用意してくれました。その席にエブラヒムもやってきて、私たちは一年ぶりに彼に会うことができました。

(兄の家に到着した翌朝、近所を散歩中、路上で靴を見つけた。イギリスでは、誰かに何かを譲りたい時は、こうして路上に置いておくそうで、早速私がもらう。これはいい文化だ!)

(エブラヒムを待つ間、リビングにて遊ぶ子供たち)

(アブドュッサラーム兄の家の廊下に飾られていた義父ガーセムの写真。右上の一枚を除き、これらの写真は私が撮影したもの。兄は一年に一回はトルコで難民として暮らす父親に会いに行っていた)

(兄が朝食を作ってくれた。自炊を予想していたものの、私の動きを上回る効率の良さで、兄が食事の用意をする。聞けば、いつも奥さんよりも食事作りをしているそうで、料理は大好きとのこと。兄を観察すると、いつも動き回り、こまめに掃除をし、調理をし、洗濯物を干して畳んでいる。結婚している男性がそうした仕事までするのは、シリアの兄たちの家族やコミュニティでは考えられないことだ。「自分はただ、良き夫で父親であるように努力しているんだよ」とアブドュッサラーム兄。努力家で、働き者で、責任感が強い兄の姿を知り、兄がイギリスで安定した暮らしを手に入れた理由をそこに感じた。)

(兄の奥さんのお母さんが作った、チョコレートのお菓子をいただく。内側に生チョコが包まれていて、とても美味しかった。お菓子やご馳走を作り、親しい友人や家族と幸せなひとときを過ごすイギリスのクリスマスの雰囲気を、私たちも味わわせてもらった)

(エブラヒムがやってきた!ロンドンから北に、車で1時間ほど離れた街ミルトン・キーンズの難民収容施設にいるエブラヒム(夫の甥)が、アブドュッサラーム兄の奥さんの車で家にやってきた!エブラヒムは今回の取材対象者の一人。本当は、先に私が彼らの施設に向かい、そこで再会したかったのだが、アブドュッサラーム兄の家でクリスマスのご馳走を食べることになり、兄たちがエブラヒムを呼んだ)
(子供たちとも一年ぶりの嬉しい再会。昨年8月、私たちはトルコからヨーロッパへと渡っていくエブラヒムを見送った。13歳だった彼は14歳になっていた。一年の間に体も大きく成長し、顔つきが変わり、声変わりしていた。また驚いたのは、以前は一言も英語を話せなかった彼が、流暢な英語を話すようになっていたことだ。一年という歳月が持つ、変化の可能性の大きさを知る。そしてエブラヒムが、この一年でどれだけの変化を経験したのかも考える)

(私の子供たちも、トルコでよく遊んでくれたエブラヒムのことを覚えていて、すぐに嬉しそうにじゃれていた。トルコでは、エブラヒムの母親のアリアと私が仲が良いため、家に泊めてもらったり一緒にご飯を食べたりと、とても近い関係だった)

(「エブラヒム、サッカーしよう!」と子供たちがせがみ、公園でサッカーをすることに)

(この辺りは比較的裕福な人々が暮らす閑静な住宅街。その静かななかを、奇声をあげて公園まで走り抜ける三人)

(ロンドンは毎日小雨が降っており、芝生は泥でぐちゃぐちゃだ。サッカーをするところがないとゴネ始める長男)

(エブラヒムのポートレート撮影中、クッションの投げ合いになる。この後アブドュッサラーム
兄に「お前たち、何しているんだ!」と怒られた)

(アブドュッサラーム兄の奥さんからクリスマスプレゼントにパソコンをもらい、大喜びするエブラヒム。14歳のエブラヒムは、三ヶ月前から学校に通い始めた。学習用のパソコンを持っておらず、自分で買えない状況のため、小学校教師であるアブドュッサラームの妻が、クリスマスプレゼントとして買った。)

(アブドュッサラーム兄の娘アーヤ(10歳)から、パソコンの設定をしてもらうエブラヒム。彼がシリアで生まれてすぐに戦争が始まり、シリア各地で避難生活を繰り返したエブラヒムは、シリアでもトルコでもほとんど学校に通えず、アラビア語やトルコ語の読み書きもできなかった。イギリスでは今、毎日学校に通い、英語を学び、多くの友人を作っている。まさに今、彼の人生が大きく変わっていく途上だ)

(アブドュッサラームが用意した七面鳥の丸焼き。内側にレモンやオレンジを詰め、表面にハーブと塩をすり込んで、4時間以上オーブンで焼いた。なんと豪華なクリスマスの夕食だろう(クリスマスは過ぎたが)。七面鳥の巨大さに一同大興奮)

(キッチンで手伝いをするエブラヒム)

(夕食の光景。ナイフとフォークをきちんと使っているエブラヒムの姿に驚く。キッチンのテーブルが小さいので、ここでは子供たちだけで座って食べ、大人はリビングで食べた)

<エブラヒムと再会 雑記>

・エブラヒムは、私の夫の兄アーメルの息子。6人兄弟の長男で、昨年のトルコ出発時は13歳、現在14歳になっていた。

・エブラヒムは、昨年の8月24日にトルコ南部のオスマニエを出発し、11月1日にイギリスに入国した。ギリシャからはわずかに車で移動した区間もあったが、ほぼ徒歩でフランスまで移動し、フランスからはボートでドーバー海峡を渡り、イギリスに上陸した。ドーバー海峡では乗っていた船が沈没し、溺れそうになりながら泳いでひき返し、救助されたそう。ドーバー海峡を渡るのは命がけだった。

・エブラヒムがシリアで生まれてすぐ、シリアは内戦状態となっていき、エブラヒムの家族はシリア各地で避難生活を繰り返した。エブラヒムは、シリアでもトルコでもほとんど学校に通えず、アラビア語やトルコ語の読み書きもできなかった。イギリスでは今、毎日学校に通い、英語を学び、多くの友人を作っている。英語もすっかり上手になった。彼の人生が大きな変化を迎えているのを目の当たりにした。

・「イギリスでの生活はどう?」とエブラヒムに聞くと、「good」とのこと。「トルコでの生活と比較するとどう?」と聞くと、「別に同じだよ」と即答。少し間を置いてから、「トルコでの生活はすごく厳しかった」と答えた。その言葉の奥にある彼の感情を、丁寧に取材しなければと思った。13歳で家族から離れ、ギリシャから歩き続け、海を渡ってイギリスに来た彼の人生の劇的変化を、私もまた、理解するのに時間がかかるだろうと思った。

・エブラヒムは現在、一緒にイギリスに渡った彼の叔父にあたるアブドュルメナム(私の夫の兄)と同じ部屋で暮らしており、食事はアブドュルメナムが作っている。トルコにいる家族とは、毎日インターネット通話で連絡をとっている。「すごく家族が恋しいよ」とエブラヒム。

・エブラヒムが通っている学校は「クリスマス休暇」で1/6まで休み。今後、学校での勉強風景、友人たちと会話したり遊ぶ様子なども撮影したい。

(2023年12月30日)

ロンドン在住の義兄の家へ【イギリス取材レポート-2】

こちらは2023年12月24日〜2024年1月13日までのイギリス取材の記録です。12月26日は、ロンドン北部に暮らすアブドュッサラーム兄と合流し、自宅で手料理をご馳走になり、泊めてもらいました。

(ロンドンのケンジントンにて街歩き)

(ケンジントンの風景。イギリスの歴史を物語る美しい街並み。これらの建物のほとんどは人々が暮らすマンションだ)
(住宅街にそびえ立つ石造りの古い教会)

(ケンジントンのパブにて、ロンドン在住の兄と待ち合わせ)

(このパブの壁にはテレビがいくつもあり、サッカーを放映中。人々は午前中からビールやワインを飲みながらサッカー観賞をし、くつろいでいた)

(「アンモ・アブドュッサラーム(アブドュッサラームおじさん)はまだ?」)

(イギリス名物の「フィッシュアンドチップス」なるものを注文した。北海でとれたタラの唐揚げとポテトフライ。「ご馳走だ!」と喜ぶ子供たち)

(夫の兄であるアブドュッサラームと合流。わざわざロンドン北部の自宅から地下鉄に乗って迎えにきてくれた。兄は2012年からイギリス在住で、奥さんはイギリス人。10歳の娘がいる。)

(兄と会うのは2011年以来、12年ぶり。流暢な英語を話し、仕事も生活も安定しているという。人生の充実が、その姿からうかがえた。サーメルとサラームは、初めて会うおじさん。)

(兄の家にしばらくお世話になるため、自宅に移動。地下鉄に乗る)

(ロンドンの地下鉄は大変古く、戦時中は防空壕として使われたという)

(地下鉄は「Tube」と呼ばれる。その名の通り、土管のような、大変狭くて細長い車内。)

(兄が暮らすのはロンドン北部の Finchley Cemtral駅の近く。閑静な住宅が並ぶ静かな街)

(駅から自宅へ向かう大通り)

(兄はロンドンの暮らしをとても気に入っている。外国ルーツでも、働けば働くほど豊かになれるからだという)

(兄の自宅付近。横並びにつながっているビクトリア様式の建築の家。購入すると大変高額とのこと)

(6年ほど暮らしている兄の家。二階部分が兄一家の借りている部屋。なんと家賃は日本円で25万円ほど!!!!。自分たち家族で支払うのは困難なため、自宅の一室を学生に貸して、風呂場とトイレを共用にして、家賃として10万円ほどをもらっている)

(来年、この近くに家を買う予定だ)

(二階部分がアブドュッサラーム一家の暮らす部屋。築100年以上経っている伝統的家屋だ)

(一階には扉が二つ。右側の扉を開けた先が兄一家の家。扉の先は階段になっている。2階と3階部分が自宅)

(3階の夫婦の寝室から庭を眺める。この家には15m×40mほどの庭が一部屋ごとについており、兄一家は畑として利用している。庭を眺めていたら、大きなリスが木に登っていくのが見えた)

(2階のリビングに飾られたクリスマスツリーの前で。ツリーの周りには、もらったプレゼントがたくさん置かれていた)

(近所のビクトリア公園を通って買い物へ。サーカスが来ており、公園に大きなテントが張られていた。夕方3時半になると、暗くなり始めた)

(夕食を作るアブドュッサラーム。普段から奥さんよりも料理を作っているという。イギリス人の奥さんは小学校教師で、帰宅が18時になるため、夕食の準備はアブドュッサラームが担当だという)

(本日のメニューは、アラブ料理の「スィーニーヤ」。アブドュッサラームの弟である私の夫は、ほとんど料理を作らず、家事の手伝いも全くしないと話すと、「夫婦ともに外で働いているのだから、家事も分担するべきだ」とのこと。シリアにいた頃は、夫が家事を分担する生活は考えたことがなかったが、イギリスに来て、そうした感覚に自然になっていったという)
(ミニトマトを敷き詰めた上に、刻んだ玉ねぎとパセリを混ぜた羊肉の挽肉を乗せていく)

(最後に表面にくぼみを作り、水をかけてから10分ほど火にかけ、その後オーブンで30分ほど焼く)

(キッチンもリビングもほの暗い。この家では、夜になるとこうこうと明かりを灯さず、暗さを楽しんで過ごす)

(テキパキと料理するアブドュッサラーム。私の夫と兄弟とは思えない)

(出来上がった「スィーニーヤ」。)

(6畳ほどのキッチンに置かれた四角い小ぶりなテーブルで食事。)

(イギリスに来てから初めての、ちゃんとした食事である!)

(近所のお菓子屋さんで買ったケーキをいただく。ようやく私たちにクリスマスが来た!)

(ケーキを食べ終えてご満悦な長男)

(私の夫から、アブドュッサラーム兄へのお土産。イギリスでは工具が大変高いらしく、日本はずっと安価で良質とのこと)

<12月26日の記録 アブドュッサラームの話など>

・アブドュッサラーム兄と合流し、自宅で手料理をご馳走になり、泊めてもらった。兄は8年ほど、ガラス製造工場で働いていたが、昨年転職し、現在はヒースロー空港の建築現場で、鉄筋の組み立ての特殊な仕事をして働いている。勤務は毎日18時から朝の4時までの夜勤。帰宅してから家族で朝食を食べ、妻と子供が学校や仕事に行くのを見送ってから睡眠をとる。午後に起きて夕食を作り、仕事へ向かう。家族団欒の時間は朝とのこと。現在の月収は約70万円。小学校教師の奥さんは月収60万円ほど。暮らしは大変安定しているように感じられた。

・「ここでの生活に満足しているが、もし住む国を選べたなら、イギリスには住まなかった」とアブドュッサラーム。シリアのからりとした砂漠気候で生まれ育ったので、雨や曇りの多いイギリスの冬の天気が辛いとのこと。

・アブドュッサラームの話:付近にはアラブ人が多く住んでいる。近くにイラン人やアラブ人などの食料品店も多く、食べるものに全く不自由しない。国外にルーツを持つ者としてのイギリスでの暮らしは、全くストレスがない。理由は、アラブコミュニティがあり、アイデンティティが保たれる。シリアの文化が、比較的イギリスと近い。英語が流暢に話せる。安定した仕事がある。安定した家族関係がある。お金が溜まっている。コロナ後に顕著になってきたイギリスの物価の高さについて、「気にならない」。その分、安定した収入があるため。

・アブドュッサラームからは、将来への不安なく、これまでの自分の選択を肯定し、より良い人生の時間のために努力し、人生を楽しんでいることが感じられた。成功している移民の一例として感じられた。

<空港でロストバゲージとなっていたスーツケースが発見される!>

24日以来行方不明だったスーツケースが手元に戻ってきました。26日の夜、「あなたのスーツケースが見つかりました」との連絡があり、2時間後に配達される。良かった!同じ服のまま過ごした4日間が終わり、何よりカメラの充電器が手元に戻り、ホッとした。これで写真が撮れる!皆様、ご心配をおかけしました。

ロンドンに到着!いきなり試練に見舞われております【イギリス取材レポート-1】

(こちらの記事は、有料会員以外の一般の方にも公開しております)

12月24日、早朝の便で羽田空港を出発し、イギリスへと旅立ちました!

私は2015年以降、トルコ南部のシリア難民コミュニティを取材してきました。当初、そこではシリア帰還を夢見て、トルコに根を張ろうと努力してきたシリア難民の姿がありました。しかしコロナ後の物価高やシリア人差別、トルコ政府主導のシリア人帰還政策に希望を見いだせなくなり、経済力のある人々から、多くがヨーロッパを目指すようになりました。

トルコで難民として暮らしていた彼らは、ほとんどがパスポートを持たず、正規ルートでは国境を超えられません。そのためヨーロッパに渡るには、不法に越境を繰り返してヨーロッパを目指すしかないのです。こうした人々は「不法移民」と呼ばれ、受け入れ側のヨーロッパの国々でも、その数の多さも問題となり、移民・難民受け入れについてのさまざまな議論が巻き起こっています。

昨年2022年8月には、それまでトルコ南部オスマニエに暮らしていた夫の兄や甥たちが、ヨーロッパへと不法移民として移動していきました。ちょうど取材のためにトルコに入っていた私は、兄や甥が、ヨーロッパへと海を渡っていくのを目撃しました。あのときの衝撃は今も忘れられません。

ヨーロッパへと渡る旅は、まずトルコからギリシャ側を目指し、密入国業者の手引きで闇に紛れて小型船に乗ります。ときどきトルコの沿岸警備隊に見つかって強制送還されたりを繰り返しながら(兄は4回も強制送還されました)密航し、入国が既成事実となると、ギリシャの難民収容施設で簡易登録を受けた後、密入国業者の情報網を利用し、徒歩や野宿でドイツやオランダなどを目指していくというもの。その旅は非常に高額で、2022年8月当時は、一人当たり日本円で約100万円ほどの支払いが必要だったと聞きました。トルコ南部の平均月収は4万円であるため、平均年収の2倍ほどに相当する大変な額です。かつ、密航船が転覆して命を落としたりなどのリスクも大きく、人々は、命をかけてヨーロッパを目指して行きます。しかし、難民保護の仕組みが整っているヨーロッパの国々で難民認定を受け、生活再建を目指すことができたなら、安定した暮らしが保障されます。

今回の取材では、一年前にイギリスに不法移民として渡った夫の兄アブドュルメナムと、甥のエブラヒムを取材します。シリアが内戦状態となる以前から彼らのことは知っており、彼らがあっという間に故郷を追われ、トルコで難民として苦労しながら生きてきたかもこれまで目にしてきました。

そうしたら彼らが、命からがらたどり着いたイギリスで、どのように夢見た暮らしを実現していくのか。難民として生きるということはどういうことで、彼らはシリアという故郷をどのように、どこにとどめながら生きていくのか。

今回の取材では、イギリスに至るまでの彼らの旅と、現在の彼らがどのようにそこに暮らしているのかを訪ねます。

海を渡っていったシリア難民のその後を、心を込めて取材してきます。ということで、気合を入れて出発しました!

今回の取材では、写真撮影に集中するため、動画インタビューなどは撮らず、写真だけをとにかく撮ります。一枚の写真から、その人の人生が浮かび上がってくるような、そんな写真を撮りたいと思います。

23日の夜から羽田空港で眠り、24日の中国東方航空の早朝の便で、北京乗り換えでイギリスへ。この便は、私と子供たち、計3人で往復¥310000という、かなりお得な値段だったのですが、懸念事項がひとつありました。

それは、北京での乗り換え時間が1時間しかないことです。急いで乗り継ぎをし、飛行機に乗れてホッとしたものの、その後、乗り継ぎ時間が短いことによる問題が発覚することになるのでした。

24日の夕刻、ロンドン郊外のヒースロー空港に到着した際、いくら待っても出てこない預け荷物のスーツケース。係の方に調べてもらうと、「あなたの荷物は明日着きます」とのこと。

なんでも、荷物の移動が、飛行機の乗り継ぎに間に合わなかったというのです。航空券を取るときは、自分たちの移動時間だけでなく、荷物の運搬の時間も考えて取らなければと、ガクッとするのでした。安い航空券にはリスクがある・・・。

空港の荷物管理の会社の方より、「明日、私の荷物をホテルまで配達します」とのことで、とりあえず私たちは予定通りホテルまで移動することに。

そしてロンドン西部のカムデンというエリアに地下鉄で移動。ロンドンは、肌感覚として東京より暖かく、小雨が降っていました。クリスマスイブの夜ということで、若者たちが大はしゃぎしている姿も(それを撮れば良かった!)。

夕食を食べに繰り出す大通り。クリスマス前後は、かなりのお店が閉まっています。空いているのは、ケンタッキーとピザ屋とマクドナルドとアラブレストランくらいでした。

カムデンはロンドンの中でも移民が大変多いエリアとのこと。行き交う人々も、働く人々も、移民が大変多く見受けられます。ホテル探しや道を聞くのに、パキスタン人、スリランカ人、アフガニスタン人、フィリピン人、エジプト人の方々に、お世話になりました。

改めて、彼らを撮らせて貰えばよかった、声をかければよかった、と写真をもっと貪欲に撮ることについて、後から振り返って反省中。

アラブレストランで、夕食にチキンサンドイッチのシュワルマを買おうとしたところ、なんとひとつ10ポンド(日本円で約¥2000)。日本だと高くてもひとつ¥700円ほどのサンドイッチですが、とにかく物価の高さに驚きます。ミネラルウォーターも1リットルで2.6ポンドで、日本円で約¥500でした。もはや、まともに外では食べられません。この日は、シュワルマ一本とミネラルウォーターを買って、3人で分けて食べました。

(シュワルマを買ったお店のエジプト人のお兄さんと子供たちと一緒に撮影。写真のピントが合わず!)

今回は全ての写真を、オートフォーカスではなく、マニュアルフォーカスで撮ります。一枚一枚を丁寧に撮るためです。そのためピント合わせが困難で、ピントが合わずに終わってしまうこともあり。しかしそのデメリットよりも、マニュアルフォーカスでしかたどり着けない境地に期待しています。


「シュワルマを一人一本食べたい」と主張する長男に、「シュワルマ一本2000円。3本食べたら6000円!高し!」と話し、今日は3人で一本食べようと説得。悲しそうな長男。されど、ロンドンのシュワルマ高し!

上の写真のタイトルは、「10ポンドのシュワルマを一人一本食べられなかったクリスマス・イブの夜」で決まりだ!

届かなかったスーツケースに全ての着替えを入れていた私たちは、シャワーを浴び、そのままの服で寝ました。

翌日25日、ロンドンのクリスマスの朝。窓を開けたら、もわ〜っとした柔らかな、風と雲の間のようなものが流れ込んできました。霧というよりももっと風に近いもの。ロンドンに来たのだと、実感しました。

本日はホテルを移動し、引き続きロンドン滞在です。クリスマスである今日25日と明日26日は、クリスマス休みということで電車、地下鉄、バスなどの公共交通機関は全てストップ。そのため、取材を始めるのは移動が可能となる27日からに。

交通機関が動いておらず、ホテルまでの移動が大変ですが、幸運と言おうか不運と言おうか、スーツケースがない私たちは、軽身で移動できるのです!

しかしやはり、二人の子供たちを連れての移動は楽ではありません。当初、本日のホテルがあるケンジントンまで1時間半ほど歩いて移動しようかと思いましたが、お腹が空いた、おしっこ漏れそう、うんち出そう、お兄ちゃんに叩かれた、お腹が痛い、などと、次々と苦情と陳情が子供から母親である私に寄せられ、ロンドンの街並みにうっとりしながら写真をじっくり撮るのも余裕なし。いきなり子連れ取材の大変さに直面する一日に。

(モーニントン・クレセント駅前にて。ナポレオン3世にちなんだ雰囲気のある石像が、鳩だらけに)

(ロンドンの街並みは、建物ひとつひとつの装飾の美しさ、佇まいの優雅さに息を飲みますが、よく見ると、ストリートアートも至るところで爆発中。古き良きロンドンと、新しいロンドンの文化?が、見受けられました)

やがて歩くのを諦め、ウーバータクシーで本日のホテルまで到着しましたが、無情にもカメラの電池が切れてしまいました。充電器がスーツケースの中にあるため、スーツケースが届くのを待つしかありません。結局、本日はスーツケースの連絡なく、配送されず!涙

そして夕食は、外に繰り出すも、付近で空いているのは高級レストランばかりで、結局昨晩と同じ、アラブ風サンドイッチのシュワルマに決定。しかし本日は、昨晩の息子の悲しそうな顔を思い出し、特別、シュワルマを二つ注文し、3人で分けて食べました。全部で20ポンド(4000円!)。私の経済状態と、ロンドンの物価の釣り合いがとれていないとこうなる、というクリスマスになりました。

本日も着替えなく、そのままの服で寝るしかなし。まあ、着替えが数日間なくても大したことはないのですが、カメラの充電器がないのが痛いところ。

やがて26日をまわった深夜になり、ヒースロー空港の荷物管理の会社から、恐ろしいメールが届きました。

「本日25日、あなたの荷物は空港に届きませんでした。あなたの荷物は、ラホール(パキスタン)か、北京にある可能性がありますが、詳細は分かりません。空港に届いたら、あなたに連絡します」

ホワ、ホワット!

取材中、もうパンツも靴下も服もこのままでいいので、とにかくカメラの充電器だけは返してください、と叫びたくなるクリスマスの夜。写真が撮れないではないか!

いきなりえらいことになっているロンドン取材。

しかし私は「鈍感の塊」でできているので、仮にスーツケースが紛失しても、生きてさえいればなんとかなるという思いが率直のところ。カメラとパソコンさえ手元にあるので、あとは本当になんとかなるのです。というか、スーツケースの中に入っているもので、本当になくなって困るのは、パンツと靴下とカメラ充電器で、そのどれもが、究極は、お金を出せばロンドンでも買えるものだということに気づく。世界にたったひとつしか無いものが、スーツケースに入っていなかったことにホッとする私。そしてスーツケースに、自炊用のソース焼きそばが3袋入っていたことも思い出して、賞味期限が気になる私。

振り返れば、ロンドンの華やかなクリスマスに期待していたものの、現実は、スーツケースが届かず、着替えなく、物価の高さにシュワルマを分け合う慎ましやかなクリスマスに。初めてのイギリスは、到着して早々、試練に見舞われております。

(2023年12月25日)

イギリスへ、シリア難民の取材に向かいます!

突然ですが、本日からイギリスへ 12月24日〜1月13日

突然ですが、本日からイギリスへ、シリア難民の取材に行ってきます。こうして皆様に取材のお知らせをお送りしておりますが、2時間後にはスーツケース詰め込みを完了させ、3時間後には羽田空港に向けて出発しなければいけません。しかし、準備がまだ半分ほどしか終わっていません。そのうちのひとつとして、やるべきことの最重要の準備の一つが、この有料コンテンツの配信です。ということで、今、気合を入れて、部屋で暴れ回っている子供たちを尻目にパソコンを打っています。

10月以来、ガザとイスラエルで起きていることについて大変悶々とし、皆様にもその思いをご相談させていただきました。しかし、自分がいま何をするべきかを考えるとき、これまで続けてきたことを懸命に、淡々と続けることで、自分の立場からできることを頑張りたいと思いました。

そうしたなかで、かねてから取材を考えていた、「ヨーロッパへ不法移民として渡ったその後のシリア難民」をテーマに、12/24〜1/13までイギリスへ向かうことに決めました。実は、目的地が物価の高いイギリスであることや、今回も二人の子連れとなるため、費用や効率を考えて直前まで躊躇しましたが、今しか見れない世界を見ること、それを写真で記録していくことを改めて考え直し、やはりこの時期に行くことに決めました。

何故今なのか。それは、この春から長男が小学生になり、基本的には小学校の休みに合わせて取材に出ることにしたためです。そうなると私には、夏休み、冬休み、春休みが取材対象期間であり、この冬休みも、長期取材に向かえる貴重な時期なのです。

長男サーメル(写真手前)を抱っこするエブラヒム(写真後ろ)。トルコ南部オスマニエにて。2020年撮影。エブラヒムは2022年夏、13歳で(!!!)ヨーロッパへ渡った。現在、ロンドン北部の街に暮らしている。
夫の兄、アブドュルメナムと三人の子供たち。2022年8月撮影。この写真を撮った翌日、ヨーロッパへ渡る旅へと出発した。トルコ南部オスマニエにて。現在はエブラヒムと一緒に、ロンドン北部の街に暮らしている。

以下、取材の概要です。

取材テーマ

「ヨーロッパに不法移民として渡ったシリア難民のその後」

取材時期

2023年12月24日〜2024年1月13日

取材内容

  • 不法移民としてイギリスに渡ったシリア難民が、今どのように過ごしているのかリサーチ。
  • 実際に、昨年夏にトルコを出発し、秋にイギリスに渡った夫の兄や甥を取材。
  • ドーバー海峡をどのように渡ったか、フランス側・イギリス側の街を歩き、不法移民が海を渡る施設や痕跡を取材。

取材者

小松由佳(41)・長男サーメル(7)・次男サラーム(5)

目指す写真

「一枚の写真に、その人の人生が浮かび上がってくるような、そんな写真が撮りたい」

項目別取材予算

さて、この取材に向け、最も準備に時間を要したのは、なんといっても取材費です。

これまでのトルコやシリアと異なり、物価が大変高いイギリスへの取材は経済的にかなり大変で、取材費は約2倍かかります。実りある取材のため、心を鬼にして、大切にしていたフィルムカメラを2つ、レンズを3つ、中古カメラ店に売り(涙)、金策に励みました。

このイギリス取材の経費は以下のように計画しています。

▼航空券代 中国東方航空 310000円(大人1名+子供2人  3人分往復)購入済

(意外とリーズナブルでしたが、三人分となるとやはり高いです)

▼宿泊費

150000円

(子連れであることもあり、宿泊費はかなり高額。節約を心がけます)

▼交通費

50000円(電車やバスでの国内移動費)

▼食費

50000円(可能な限り自炊します)

▼取材お礼費

70000円 

(長時間取材のお礼、コーディネート代、通訳代など)

▼その他、交際費、雑費

30000円

▼▼合計 660000円 ▼▼

(絶対に、これ以上は使わないように心がける)

「そこに人間がいるから」

今回、この「ヨーロッパに不法移民として渡ったシリア難民のその後」取材の内容を発表させていただける媒体が新聞、雑誌などで3つほどあり、大変ありがたいとこではありますが、その原稿料・写真使用料を回収したとしても、収入は、取材経費660000円の半分にもなりません。こうした取材は常に、経済的には完全に赤字覚悟で、ただ自分の表現の経験を積むため、伝えていく行為を続けるため、取材に向かうという形です。

かつて、イギリスの登山家マロリーが、「なぜ山に登るのか」と聞かれて「そこに山があるから」と答えたことが知られていますが、私は「なんのために写真を撮るのか」と聞かれたら、「そこに人間がいるから」と答えたい心境です。今しか見ることができない世界、今しか撮れない人間の姿がそこにあるから、取材に向かいます。

今回は特に、不法移民としてイギリスに渡った兄や甥の取材がメイン取材です。彼らがその後、ヨーロッパでどのように難民としての一歩を踏んでいるのか、その記録となります。

しかし、数日前に、その兄に電話で話をしたところによると、兄は一年近く難民収容施設のホテル住まいですが、すでに時給2500円ほどで「ウーバーイーツ」で働き始め、貯金もだいぶ溜まっているようです。私に「イギリスはなんでも高いから、お前たちはお金ないだろう。飯をおごってやる」という話もし、なんと、この一年で、小松ファミリーよりも貯金を蓄えているようなのです。それを聞き、諸行無常の理を感じるとともに、シリア人たちが命をかけてヨーロッパに渡っていく、その先にある夢や理想、安定の姿を感じましたし、正直なところ、私もイギリスに出稼ぎに行きたくなりました。ウーバーイーツの配達で時給2500円!(ちなみに日本では、というより私が暮らす東京都八王子市では、自転車でのウーバーイーツの配達は、今や時給400円くらいです)。

以上、イギリス取材の概要でした。

まだほとんど準備が終わっていないにも関わらず(さすがにこれは大変!)、この晴れやかな気持ちはなんなのかと考えると、今回は中東地域ではなく、ヨーロッパに向かう、という心理的背景が大きいことにも気づきました。ここ10年ほどは、毎年中東地域に向かい、特にここ5年ほど撮影してきたトルコ・シリア国境地域は、カメラを持って歩いているだけで警察に連行されるような(国境のため基本的に屋外での撮影は禁止だった)政治的・地理的に複雑な土地でした。さらにイスラム文化を撮ることへのリスペクトと障壁の間で葛藤してきましたので、今回の取材地では、そうした「写真を撮るうえでの自由への渇望」から解放されるような、そんな気さえするのです。

私にとって初めてのイギリスです。二人の子供と、元気に出発します。では、行ってきます!!

(2023年12月23日)

青梅市のコインランドリーにて写真展を開催します(2023年12月21日〜2024年1月30日)

青梅市のコインランドリー兼カフェ「LAUNDRY & CAFE Sunrise(ランドリー&カフェ サンライズ)」様にて、小さな写真展示をさせていただきます。青梅市の地域を盛り上げる活動の一環として、お声がけいただきました。

実は写真展は、毎回経費の出費が多いため、なかなか開催に踏み切れない事情がありましたが、地域を盛り上げていく活動の一環として展示を行いたいという声をお聞きし、私がこれまで見てきた世界や、撮った写真が、そうした活動に役立てられたら素敵なだなあという思いもあり、開催させていただくことになりました。

写真は38点用意し、コインランドリーの大家さんが3回ほどに分けて展示写真を入れ替えてくださるとのことです。また1月27日の14時からは、会場にてトークイベントもさせていただきます。1月23日火曜日は、10時〜17 時まで在廊予定です。

<会場>

LAUNDRY & CAFE Sunrise(ランドリー&カフェ サンライズ)
Webサイト… https://www.instagram.com/sunrise030610/(インスタグラム)
営業時間… ランドリー 7:00〜23:00 / カフェ 11:00〜15:00 *注意 カフェ営業は水木のみ。
定休日… ランドリー年中無休 / カフェ 水曜日
住所… 東京都青梅市梅郷 1-180-1
電話… 0428-85-8773

以下、会場についての詳細です。カフェの営業時間については、事前に調べてから行かれることをお勧めします。カフェのフルーツサンドイッチや、お弁当(予約制)は大変美味しそうです!

以下、チラシです。

これまで、カメラメーカーのギャラリーでの写真展がメインでしたが、こうした地域の場で展示させていただける機会も大変嬉しいことです。この写真展が、青梅市の地域の方に喜んでいただけましたら大変嬉しく思います。

(2023年12月23日)

秋田魁新報様 連載エッセイが掲載されました 「アシナガバチと過ごした夏」(2023年12月16日掲載)

秋田魁新報様 連載エッセイ 12月16日掲載 「アシナガバチと過ごした夏」

こちらは一か月半に一度の頻度で、秋田魁新報様に掲載させていただいておりますエッセイです。今回は、我が家に巣を作ったアシナガバチとの思い出について書きました。「おのれ〜!こんなところに巣を作るとは」と鼻息を荒くしたアシナガバチの出現でしたが、観察するうち、次第に視点が変わっていきます。

(2023年12月23日)