皆様、あけましておめでとうございます。2024年がやってきました。私はこの新年を、イギリス南東部、ドーバー海峡を臨む港町ドーバーにて迎えました。新年を取材地で迎えられる幸せ。取材に連れている二人の子供たちも毎日元気いっぱいです。

昨年2023年は、振り返るととても愛しい一年でした。

年始めから長く胃腸の状態が悪く、深刻な病気の一歩手前であることがわかり、40歳を過ぎて、体が変化していることを知りました。もっと自分を大切に、食べることや生活すること、生きることについても、以前よりもずっと、自分をいたわって過ごすことを心がけるようになりました。

2月にはトルコ・シリア大地震が発生し、これまで足繁く取材で通ってきたトルコ南部地域に大きな被害があり、多くの親族や知人が被災しました。小さな子供がいるため、すぐに現地に取材に入ることが出来ませんでしたが、その分日本からできることをやろうと、皆さまに募金を募り、現地の親族のネットワーク(私の夫はシリア難民の一人で、夫の家族がトルコ南部に暮らしています)から、被災したシリア難民の家族に送金、配布させていただきました。その額はあわせて約580万円にも及びました。シリア北部の反体制派支配地域にも夫の兄たちが暮らしているため、トルコ側だけでなく、国際支援が入りにくいシリア側にも、兄たちを通じて皆様からの支援をお届けできたことがとても嬉しいことでした。多くの被災者たちが、大変な状況のなか、日本人からの支援を受けたことを心に留めることでしょう。

4月、5月は、所属している「日本写真家協会」からの派遣事業で、専修大学にて、「フォトジャーナリズム論」の講義を6回連続でやらせていただきました。何故写真なのか、一瞬を切り取るとはどういうことか、取材現場での事件や葛藤や覚悟など、まだまだ未熟ではありますが、学生たちに「写真で伝える」ということを毎回、心を込めて講義しました。講義後のリアクションペーパー(講義内容をレポートしてもらうもの)からは、学生たちの熱意が伝わり、大変素晴らしい機会でした。私はまだ、誰かに教えられる域には達していないと感じていますが、それでも、「経験を伝えていく」という機会を、今後も是非いただけたらと願うようになりました。普段はフリーランスフォトグラファーとして一匹狼の私ですので、誰かと共に、なにか芯のある文化をクリエイトしていくことを考えるようになりました。このような機会をいただいた日本写真家協会様、専修大学様に感謝の気持ちでいっぱいです。

その後、6月に入り、トルコ・シリア地震の被災地の取材にようやく入ることができました。小学生になったばかりの7歳の長男と5歳の次男を連れ(子連れ取材をするのは、ほかに預けられる人がいないから)、地震で甚大な被害を受けたハタイ県のシリア人専用の被災者キャンプで、私たちもテント生活をしながら取材をしました。地震報道が下火になり、次第に被災者への支援が少なくなっているなかで、家族や家をを失った多くの被災者たちが、癒えない心の傷を抱えながら、先行きの不安のなかで生きている姿を取材しました。最も印象的だったのは、地震で亡くなった被災者の墓場で、何時間も座り込んで涙を流していたあるシリア人男性の姿でした。男性はシリア中部のハマから逃れてきたシリア難民で、トルコでは10年をかけて安定した暮らしを築きましたが、地震でハタイ県アンタキヤのマンションが倒壊し、20歳前後だった3人の娘を全員失いました。「空爆の絶えないシリアからトルコに逃れてきたのは、娘たちの安全のため。しかしそのトルコで地震が起き、娘たちを死なせてしまった」。男性は娘たちの墓に毎日来ては、傍らに座り、彼女たちに語りかけているそうです。そこに深い愛と深い悲しみを思いました。シリアで生活を失い、避難先のトルコで再び生活を失ったばかりか、愛する娘たちを失った男性。周囲が暗くなりかけてもなお、娘の墓の傍らに座り続けていた、その後姿が、強い記憶として胸に残りました。不条理や悲しみのなかで、人々はいかに生きていくのか。故郷を失った人々の苦難について、フォトグラファーとしていかに彼らに寄り添い、記録をしていけるのか。大変考えさせられました。そしてその道をしっかり歩んで行こうと、思いを心に刻みました。

帰国してからは、被災地取材について、新聞記事や雑誌などに寄稿させていただく機会をたくさんいただき、多くの方に被災者の現状を知っていただけたことに、やりがいを感じました。

しかしその後、帰国した長男に問題が起きました。シリア人被災者の難民キャンプでは、子供たちがほぼ学校に行かずに毎日キャンプのなかで遊んでいた姿を見ており、「学校に行かなくても大人になれるのに、どうして毎日学校に行かなければいけないのか。あの子たち(被災したシリア難民の子供たち)はみんな学校に行っていなかった!」と長男なりの持論を展開し、学校ストライキに。登校しても机にじっと座っていることができない期間が続き、本人にも先生にも申し訳ないことになってしまいました。

世界は動いている。いつ、何が起きるかわからない。世界が動いていくのだから、現場に立ち続けなければいけない。そんな思いでおりましたが、フォトグラファーである前に、私は母親なのです。二人の子供たちを何より優先しなければ、と当たり前のことをしっかり考える機会になりました。今後は、子供たちにもそれぞれ、日本での社会生活があることを尊重し、小学生の長男の学校の長い休みに合わせて取材に出ることにしました。フォトグラファーとして現場に立つことと、母親としての責任のなかで、もがく日々です。

夏過ぎからは、原稿の執筆のお仕事をコンスタントにいただき、大変ありがたいことでした。おかげさまで、2022年まで生活費が厳しくなる度に頑張ったウーバーイーツの自転車の配達員の仕事もやらなくとも生活が回るようになり、充足感を感じました。同時に、もっと写真でストーリーを伝えるお仕事をしたいという気持ちも高まりました。

秋からは、夫がトルコ南部の親族に訪問したことで、しばらく夫のいない期間を満喫。普段、アラブ料理しか食べられない夫のために、手間ひまかかるアラブ料理を作り続けていたことに大変疲労していたという事実にも気づき(気付くのが遅すぎた!)、自分のためにも、そして自分につながる子供たちのためにも、無理をしないことを自分に宣誓。家族のために愛情のこもった料理を作りたいのはやまやまだけれど、生活するには働かねばならず、子供の面倒も見なければならず、洗濯物も洗って干さねばならず、料理だけに時間をかけられないのです。生きるために、家族の平和のために何が大事で、何を削ぎ落としていかなければいけないのかを真剣に考えた秋でした(考えるのが遅すぎた!)。

また秋に、海外向けに発信されるNHKワールドの「Direct Talk 」という番組に出演させていただき、私の写真活動を取り上げていただきました。自分としては、まだまだ納得できる境地には達しておらず、やるべきことが多々ありますが、自分自身を振り返り、内省し、次のステップを具体化するための大変嬉しい機会となりました。

▼ NHKワールド「Direct Talk 」に出演しました

▼小松由佳 出演回    https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/2105055/

12月に入り、月末からイギリスへ、シリア難民の取材に向かうことに決めました。昨年夏に、トルコ南部から夫の兄や甥たちがヨーロッパへ、難民保護を求め「不法移民」として移動しており、その後、彼らがどのような状況にあるかを取材するためです。しかし問題は、取材費です。経済的に綱渡り生活を送る我が家にとり、物価の高いイギリスへ取材に出るのはかなり敷居が高く、直前まで悩みました。しかし、やはり世界は動いている。そして子供の学校の冬休みに合わせて、子供にもあまり負担がない形で行ける機会が今あるのです。

実は私は以前、ヒマラヤに登っていた時期があったのですが、そこで学んだことのひとつに「チャンスをいかに掴むか」というものがありました。タイミングが整うチャンスはそうそうめぐってこない。だからこそ、いつでもチャンスを掴めるように準備をしておき、チャンスがめぐってきたら、手を伸ばしてパッと掴むというその大切さ。チャンスは自分で生み出すものでもありますが、ヒマラヤのような大自然の中に身を置いたことで、変化し続ける環境のなかで、タイミングを見図り、判断していくことを学んだのです。

その嗅覚が働きました。兄や甥たちが、「不法移民」としてイギリスに入国して一年と一ヵ月が過ぎた今、彼らがどのような状況で過ごしているのかをしっかり取材し、記録したいと思ったのです。問題は取材費です。しかしお気に入りの中古カメラやレンズをいくつか売り、金策をし、なんとか捻出しました。本当にやろうと思えば、なんとかできるものです。

本当に今やりたいこと、本当に今やらなければいけないことは、今やる。それが私の信念です。今、どんなに状況が厳しくとも、やがて時が経てば、やってきたことに価値が生まれていく。そんな活動をしたいです。

2024年は、もっともっと写真を撮ります。もっと歩き回り、人に会い、思考し、激動のこの世界のなかで、写真で何を伝えていけるのか、真剣に模索します。

今、イギリスでは朝の5時50分。傍では二人の子供たちがすごい寝ぞうでスヤスヤ眠っています。二人の寝顔を見ながら私は思います。今年も撮ろう、歩こう、たくさん愛そう、と。

2024年が、皆様にとって愛と安らぎにあふれる一年となりますように。いつも、この有料会員コンテンツの会員様として、活動の応援をいただいていますことに心より感謝しております。いつもありがとうございます。今年も、どうぞよろしくお願いします。

▼現在、イギリスにて、「不法移民」としてトルコから海を渡っていったシリア難民の親族が、どのような状況にあるかを取材中です。大変恐縮ではありますが、取材カンパも募集しています。どうぞご無理なく、よろしくお願いします。

(小松由佳 取材カンパ お振込先)

三井住友銀行 八王子支店 普通 8495661 コマツユカ

以上、大変な長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(追記)

この文を書き終えた今、能登半島沖で強い地震が発生し、津波警報が出たことを知りました。元旦の日の災害に心を痛めつつ、地元の方々の被害がありませんよう、お祈りしています。

国外に向けて発信されるNHKワールドの番組「Direct Talk」にて、取材活動を取り上げていただきました。2023年6月に行った、トルコ南部の地震被災地取材について。写真は、シリア人の被災者キャンプでの親子。

NHKワールドの番組「Direct Talk」の一コマ。墓場に座り、地震で亡くなった娘たちを偲ぶシリア人の男性。これまでシリア難民の取材をしてきたなかでも、最も忘れられないシーンのひとつだった。

6月の地震被災地の取材中の光景。被災者キャンプ、ケーンマウラーキャンプにてテント生活をしながら取材した。テントの中にいつもたくさんの子供たちがいっぱい入って、跳ねて遊んでいたことが良い思い出だ。

多くの建物が倒壊したトルコ南東部ハタイ県の県都アンタキヤの建物倒壊地。このような光景が街中にえんえんと続いていた。取材に入ったのは地震から4ヵ月、まだ行方不明者の捜索も続いていた。

アンタキヤにて。倒壊した建物の跡地から、台所にあった食材の種が発芽して、トマトやキュウリが育っていた。ひまわりの群生地も。国破れて山河あり。人間の生活は失われても、植物は茂り、生き物の営みは続いていく。

取材中、滞在したケーンマウラーキャンプにて、ここに暮らすシリア人被災者の子供たちと。私の二人の子供たちも一緒になって毎日遊んだ。私の長男と次男がどこにいるか、お分かりになるだろうか。

取材中の一コマ。子供たちは、シリア難民の取材に同行しながら、自らのルーツのひとつを感じとってほしいと、母は願う。

取材前に寄稿させていただいたトルコ・シリア地震の記事。

取材後、寄稿させていただいたトルコ・シリア地震の記事。「トルコ・シリア大地震 被災者たちは今 〜重なる苦難〜」。地震後、被災者たちがどのように今を生きているのか、それぞれのストーリーを伝えることを心がけた。信濃毎日新聞様にて。

こちらも信濃毎日新聞様に寄稿させていただいた記事。地震で娘を失った、あるシリア人家族に焦点を当てた。取材では、倒壊したままの彼らの家も見せていただき、地震の被害の大きさに言葉が出なかった。

地震被災地の取材から帰国した成田空港にて。夫が迎えにきてくれた。

ズッキーニやナスの中身をくり抜き、ご飯とひき肉を炒めたものを詰め、トマトソースで煮込むアラブ料理のマフシー。アラブ料理は食べる分にはとても美味しいが、作るのは手間暇がかかる。これを日本で毎日作るのは、経済的にも肉体的にも大変だ。今後は無理をしないと決めた2023年。

日本写真家協会からの派遣事業で、専修大学のフォトジャーナリズム論にて6回講義。写真を撮るということはどういうことかを突き詰めて共に考えていく、という試みをした。

NHKワールドの番組「Direct Talk」にて、座右の銘を紹介したシーン。「名のない星の輝きに目をこらす」が私の信条。

日本では、自転車でどこまで行く日々。今年も車の免許が取れなかった。来年こそ、免許を取るのだ!

2023年12月、イギリス取材へ出発!一歳から取材に同行した長男は、7歳になった。

ロンドンにて。子連れ取材がいつまで続けられるものやら。いつでも今できることを、懸命に続けていくしかない。私の後に、私の道ができるのだ!

(2024年1月1日)