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12月24日、早朝の便で羽田空港を出発し、イギリスへと旅立ちました!

私は2015年以降、トルコ南部のシリア難民コミュニティを取材してきました。当初、そこではシリア帰還を夢見て、トルコに根を張ろうと努力してきたシリア難民の姿がありました。しかしコロナ後の物価高やシリア人差別、トルコ政府主導のシリア人帰還政策に希望を見いだせなくなり、経済力のある人々から、多くがヨーロッパを目指すようになりました。

トルコで難民として暮らしていた彼らは、ほとんどがパスポートを持たず、正規ルートでは国境を超えられません。そのためヨーロッパに渡るには、不法に越境を繰り返してヨーロッパを目指すしかないのです。こうした人々は「不法移民」と呼ばれ、受け入れ側のヨーロッパの国々でも、その数の多さも問題となり、移民・難民受け入れについてのさまざまな議論が巻き起こっています。

昨年2022年8月には、それまでトルコ南部オスマニエに暮らしていた夫の兄や甥たちが、ヨーロッパへと不法移民として移動していきました。ちょうど取材のためにトルコに入っていた私は、兄や甥が、ヨーロッパへと海を渡っていくのを目撃しました。あのときの衝撃は今も忘れられません。

ヨーロッパへと渡る旅は、まずトルコからギリシャ側を目指し、密入国業者の手引きで闇に紛れて小型船に乗ります。ときどきトルコの沿岸警備隊に見つかって強制送還されたりを繰り返しながら(兄は4回も強制送還されました)密航し、入国が既成事実となると、ギリシャの難民収容施設で簡易登録を受けた後、密入国業者の情報網を利用し、徒歩や野宿でドイツやオランダなどを目指していくというもの。その旅は非常に高額で、2022年8月当時は、一人当たり日本円で約100万円ほどの支払いが必要だったと聞きました。トルコ南部の平均月収は4万円であるため、平均年収の2倍ほどに相当する大変な額です。かつ、密航船が転覆して命を落としたりなどのリスクも大きく、人々は、命をかけてヨーロッパを目指して行きます。しかし、難民保護の仕組みが整っているヨーロッパの国々で難民認定を受け、生活再建を目指すことができたなら、安定した暮らしが保障されます。

今回の取材では、一年前にイギリスに不法移民として渡った夫の兄アブドュルメナムと、甥のエブラヒムを取材します。シリアが内戦状態となる以前から彼らのことは知っており、彼らがあっという間に故郷を追われ、トルコで難民として苦労しながら生きてきたかもこれまで目にしてきました。

そうしたら彼らが、命からがらたどり着いたイギリスで、どのように夢見た暮らしを実現していくのか。難民として生きるということはどういうことで、彼らはシリアという故郷をどのように、どこにとどめながら生きていくのか。

今回の取材では、イギリスに至るまでの彼らの旅と、現在の彼らがどのようにそこに暮らしているのかを訪ねます。

海を渡っていったシリア難民のその後を、心を込めて取材してきます。ということで、気合を入れて出発しました!

今回の取材では、写真撮影に集中するため、動画インタビューなどは撮らず、写真だけをとにかく撮ります。一枚の写真から、その人の人生が浮かび上がってくるような、そんな写真を撮りたいと思います。

23日の夜から羽田空港で眠り、24日の中国東方航空の早朝の便で、北京乗り換えでイギリスへ。この便は、私と子供たち、計3人で往復¥310000という、かなりお得な値段だったのですが、懸念事項がひとつありました。

それは、北京での乗り換え時間が1時間しかないことです。急いで乗り継ぎをし、飛行機に乗れてホッとしたものの、その後、乗り継ぎ時間が短いことによる問題が発覚することになるのでした。

24日の夕刻、ロンドン郊外のヒースロー空港に到着した際、いくら待っても出てこない預け荷物のスーツケース。係の方に調べてもらうと、「あなたの荷物は明日着きます」とのこと。

なんでも、荷物の移動が、飛行機の乗り継ぎに間に合わなかったというのです。航空券を取るときは、自分たちの移動時間だけでなく、荷物の運搬の時間も考えて取らなければと、ガクッとするのでした。安い航空券にはリスクがある・・・。

空港の荷物管理の会社の方より、「明日、私の荷物をホテルまで配達します」とのことで、とりあえず私たちは予定通りホテルまで移動することに。

そしてロンドン西部のカムデンというエリアに地下鉄で移動。ロンドンは、肌感覚として東京より暖かく、小雨が降っていました。クリスマスイブの夜ということで、若者たちが大はしゃぎしている姿も(それを撮れば良かった!)。

夕食を食べに繰り出す大通り。クリスマス前後は、かなりのお店が閉まっています。空いているのは、ケンタッキーとピザ屋とマクドナルドとアラブレストランくらいでした。

カムデンはロンドンの中でも移民が大変多いエリアとのこと。行き交う人々も、働く人々も、移民が大変多く見受けられます。ホテル探しや道を聞くのに、パキスタン人、スリランカ人、アフガニスタン人、フィリピン人、エジプト人の方々に、お世話になりました。

改めて、彼らを撮らせて貰えばよかった、声をかければよかった、と写真をもっと貪欲に撮ることについて、後から振り返って反省中。

アラブレストランで、夕食にチキンサンドイッチのシュワルマを買おうとしたところ、なんとひとつ10ポンド(日本円で約¥2000)。日本だと高くてもひとつ¥700円ほどのサンドイッチですが、とにかく物価の高さに驚きます。ミネラルウォーターも1リットルで2.6ポンドで、日本円で約¥500でした。もはや、まともに外では食べられません。この日は、シュワルマ一本とミネラルウォーターを買って、3人で分けて食べました。

(シュワルマを買ったお店のエジプト人のお兄さんと子供たちと一緒に撮影。写真のピントが合わず!)

今回は全ての写真を、オートフォーカスではなく、マニュアルフォーカスで撮ります。一枚一枚を丁寧に撮るためです。そのためピント合わせが困難で、ピントが合わずに終わってしまうこともあり。しかしそのデメリットよりも、マニュアルフォーカスでしかたどり着けない境地に期待しています。


「シュワルマを一人一本食べたい」と主張する長男に、「シュワルマ一本2000円。3本食べたら6000円!高し!」と話し、今日は3人で一本食べようと説得。悲しそうな長男。されど、ロンドンのシュワルマ高し!

上の写真のタイトルは、「10ポンドのシュワルマを一人一本食べられなかったクリスマス・イブの夜」で決まりだ!

届かなかったスーツケースに全ての着替えを入れていた私たちは、シャワーを浴び、そのままの服で寝ました。

翌日25日、ロンドンのクリスマスの朝。窓を開けたら、もわ〜っとした柔らかな、風と雲の間のようなものが流れ込んできました。霧というよりももっと風に近いもの。ロンドンに来たのだと、実感しました。

本日はホテルを移動し、引き続きロンドン滞在です。クリスマスである今日25日と明日26日は、クリスマス休みということで電車、地下鉄、バスなどの公共交通機関は全てストップ。そのため、取材を始めるのは移動が可能となる27日からに。

交通機関が動いておらず、ホテルまでの移動が大変ですが、幸運と言おうか不運と言おうか、スーツケースがない私たちは、軽身で移動できるのです!

しかしやはり、二人の子供たちを連れての移動は楽ではありません。当初、本日のホテルがあるケンジントンまで1時間半ほど歩いて移動しようかと思いましたが、お腹が空いた、おしっこ漏れそう、うんち出そう、お兄ちゃんに叩かれた、お腹が痛い、などと、次々と苦情と陳情が子供から母親である私に寄せられ、ロンドンの街並みにうっとりしながら写真をじっくり撮るのも余裕なし。いきなり子連れ取材の大変さに直面する一日に。

(モーニントン・クレセント駅前にて。ナポレオン3世にちなんだ雰囲気のある石像が、鳩だらけに)

(ロンドンの街並みは、建物ひとつひとつの装飾の美しさ、佇まいの優雅さに息を飲みますが、よく見ると、ストリートアートも至るところで爆発中。古き良きロンドンと、新しいロンドンの文化?が、見受けられました)

やがて歩くのを諦め、ウーバータクシーで本日のホテルまで到着しましたが、無情にもカメラの電池が切れてしまいました。充電器がスーツケースの中にあるため、スーツケースが届くのを待つしかありません。結局、本日はスーツケースの連絡なく、配送されず!涙

そして夕食は、外に繰り出すも、付近で空いているのは高級レストランばかりで、結局昨晩と同じ、アラブ風サンドイッチのシュワルマに決定。しかし本日は、昨晩の息子の悲しそうな顔を思い出し、特別、シュワルマを二つ注文し、3人で分けて食べました。全部で20ポンド(4000円!)。私の経済状態と、ロンドンの物価の釣り合いがとれていないとこうなる、というクリスマスになりました。

本日も着替えなく、そのままの服で寝るしかなし。まあ、着替えが数日間なくても大したことはないのですが、カメラの充電器がないのが痛いところ。

やがて26日をまわった深夜になり、ヒースロー空港の荷物管理の会社から、恐ろしいメールが届きました。

「本日25日、あなたの荷物は空港に届きませんでした。あなたの荷物は、ラホール(パキスタン)か、北京にある可能性がありますが、詳細は分かりません。空港に届いたら、あなたに連絡します」

ホワ、ホワット!

取材中、もうパンツも靴下も服もこのままでいいので、とにかくカメラの充電器だけは返してください、と叫びたくなるクリスマスの夜。写真が撮れないではないか!

いきなりえらいことになっているロンドン取材。

しかし私は「鈍感の塊」でできているので、仮にスーツケースが紛失しても、生きてさえいればなんとかなるという思いが率直のところ。カメラとパソコンさえ手元にあるので、あとは本当になんとかなるのです。というか、スーツケースの中に入っているもので、本当になくなって困るのは、パンツと靴下とカメラ充電器で、そのどれもが、究極は、お金を出せばロンドンでも買えるものだということに気づく。世界にたったひとつしか無いものが、スーツケースに入っていなかったことにホッとする私。そしてスーツケースに、自炊用のソース焼きそばが3袋入っていたことも思い出して、賞味期限が気になる私。

振り返れば、ロンドンの華やかなクリスマスに期待していたものの、現実は、スーツケースが届かず、着替えなく、物価の高さにシュワルマを分け合う慎ましやかなクリスマスに。初めてのイギリスは、到着して早々、試練に見舞われております。

(2023年12月25日)