「不法移民」が海を渡ってやってくるドーバーの街へ【イギリス取材レポート-5】

こちらは、2023年12月23日〜2024年1月13日に行ったイギリス取材のレポートです。

<目次>

・難民認定を待つアブドュルメナムの不安

・ヨーロッパを目指すシリア難民

・「不法移民」がやってくる街、ドーバー

・番外編〜写真家としての苦悩〜

前回は、2022年に「不法移民」としてイギリスに入国した兄アブドュルメナムと甥エブラヒムを、難民収容施設に訪ねたことを書きました。今回は、なぜ彼らが難民として暮らしていたトルコを離れてイギリスに向かったのか。またその旅ではどのようなことがあったのかをレポートします。

難民認定を待つアブドュルメナムの不安

2023年の終わり、私はロンドンの北の街ミルトン・ケインズの難民収容施設に暮らす夫の兄アブドュルメナムと甥のエブラヒムを訪ねました。小型ボートに乗ってドーバー海峡を渡り、「不法移民」としてイギリスに入国してから13カ月目。彼らは現在、難民認定の審査を待っています(前々回の投稿に、収容所での様子をレポートしています)。

しかしイギリスでは今、国内で急増する移民への危機感から、移民の処遇についての法を厳格化する方向へと向かいつつあり、2022年1月以降に入国し、難民申請を行なっている「不法移民」をルワンダに送還する計画も審議されています(*参考資料1)。

*参考資料1  「不法入国者らをルワンダに移送するイギリスの計画が物議 「ルワンダは安全」は本当か」(朝日新聞GROBE +  2024.1.15)

https://globe.asahi.com/article/15108107

この法案は、難民申請者をイギリスから6500km離れたアフリカ東部ルワンダに移送するというもので、2022年1月以降にイギリスに不法入国した人が対象。イギリス政府は、ルワンダがこれまで隣国などから13万人の難民・移民も保護してきた「安全な国」だと主張していますが、欧州人権裁判所やイギリスの最高裁判所は「ルワンダが移民にとって安全な国と認められない」という判断を下し、2022年6月には、難民申請者をルワンダへ空路移送する第1便が、出発直前にキャンセルされるという出来事もありました。現在もスナク首相は移民のルワンダ移送計画を目指していますが、ルワンダでの移民の処遇の安全性については、疑問視されているのが実情です。

こうした動きを、まさにその法案の対象者であるアブドュルメナムも耳にしていました。

〝トルコからイギリスに渡るため、あちこちに借金をして旅の資金を用意し、命からがらこの国に来た。それなのに難民認定が下りず、ルワンダやトルコに送還されてしまうかもしれない〟

その不安と気疲れから、アブドュルメナムはすっかりやつれていました。

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ヨーロッパを目指すシリア難民

夫の兄であるアブドュルメナムはシリア中部のパルミラに生まれ、家畜の獣医を目指して学んでいました。しかし2012年以降、シリアでの紛争によってその道を閉ざされ、2016年にトルコに避難しました。トルコで小さな商店を経営して生活を再建し、シリアの政情が安定したら、いつの日か故郷に帰るのが夢でした。

b290a17c 3ec4 4c00 9407 e61be2d9fa10 2 「不法移民」が海を渡ってやってくるドーバーの街へ【イギリス取材レポート-5】 「不法移民」が海を渡ってやってくるドーバーの街へ【イギリス取材レポート-5】
(シリアにいた頃のアブドュルメナム。家業のラクダの放牧を手伝いながら、獣医になるため学んでいた)

しかし2020年年初め、全世界で新型コロナウィルスが大流行すると、トルコではコロナ後の急激な物価上昇に見舞われます。シリア難民全体の7割に相当する380万人が避難生活を送っていたトルコでは、これ以上のシリア難民を受け入れ続けることに不満が噴出し、「シリア人はシリアに帰るべき」という世論が高まっていきます。

こうしたシリア人への不満は露骨な差別を生んだほか、国内のシリア難民の三分の一ほどをシリア北部に帰還させる「シリア人帰還政策」がトルコ政府によって進められます。

物価上昇、差別、そして帰還政策。こうした一連の問題のなかで、紛争が続く故郷シリアには帰れず、トルコにも安心して暮らせないシリア人たちが唯一の希望と考えるようになったのが、ヨーロッパへの移動でした。それは難民に理解のあるヨーロッパの国で難民認定を受け、保護を受けながら生活再建を図る、というものでした。

こうした移民のヨーロッパへの旅は、高額なうえに危険であることが知られています。

国境間の不法な移動を斡旋する業者への支払として、一人当たり9000ドルか10000ドルが必要とされ(トルコ南部の平均月収約300ドルの30倍以上にも及ぶ額だ。2022年当時)、さらに海を渡る小型ボートの転覆による死亡事故や、山や荒野を歩き続ける際の、暑さ、寒さ、飢えによる死亡例も少なくありません。しかしそれでも人々は進みます。難民認定を受けられれば、生活が保障され、安定した生活を送れるのだという希望があるからです。

コロナ後、アブドュルメナムが経営していた商店でも、トルコ人による嫌がらせや万引き、店の破壊行為があったにもかかわらず、警察の対応がとてもお粗末だったそうです。アブドュルメナムは、自分がシリア人であるため、ここではトルコ人と対等には守られないのだと不満を募らせていったそうです。このままでは、自分の子供たちも自分が経験してきたような理不尽さ、不平等のもとで生きなければいけないかもしれない。その思いが、アブドュルメナムを悩ませるようになります。そして彼は決断しました。自分の子供たちが、より良い未来を送るために。

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(2022年8月、ヨーロッパへの移動の旅に出る直前のアブドュルメナム。5年間経営したトルコ南部オスマニエの食料品店で)

2022年8月24日、アブドュルメナムは、ヨーロッパを目指してオスマニエの自宅を出発します。まずトルコからギリシャまで地中海を密航し、それからほぼ約1カ月半をかけ、ほぼ徒歩で(!)フランスに到達。そして最後に、フランスの港町カレーから、ドーバー海峡を横断してイギリスを目指すのです。

「不法移民」がやってくる街、ドーバー

イングランド南東部、ケント州ドーバー。イギリス本土で最もフランスに接近したこの街は、フランスまではわずか34キロ。古来より、絶えず外敵の侵入に晒される一方、新しい文化や時代の先端が海を越えてやってくる入り口でした。現代では、安定した生活を夢見、小型ボートでフランスから海を渡ってやってくる不法移民が上陸する地でもあります。