シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

こちらは、2023年12月23日〜2024年1月13日に行ったイギリス取材のレポートです。こちらは有料会員以外の方にも公開させていただきます。

フランスの港町カレー。ドーバー海峡に面し、最もイギリスに接近したこの街では、海を渡ってイギリスに向かおうとする移民たちが船出を待っていました。私はそこで、シリア人の移民たちに出逢います。「不法移民」と呼ばれる彼らが、この街でどのように過ごし、何を日々考えているのかを取材しました。

〜前回の記事からの続き〜

風に乗って田園地帯へと消えるビニール袋

カレーの街の橋の下で、思いがけずシリア人移民に出会った私たちは、翌朝、再びそこへ向かった。NGOの炊き出しに行くので、朝に来てくれと言われていたからだ。午前7時半、あたりはまだ薄暗く、肌寒い。

0SSA0020 2 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

昨晩も、橋の下で野宿をしたシリア人たちはすでに起床していた。皆、ありったけのものを着込み、いかにも寒そうに、焚き火に集まって暖をとっていた。テントはすでに撤収されている。聞けば、ここは公共の場所であるから、日中に張りっぱなしにしないよう警察に注意されている。だが、夕方から早朝までは警察も事情を理解して放念しているようだった。

私たちはその日も、シリア人たちと焚き火を囲み、様々な話を聞いた。彼らは、私がシリアや、トルコ南部などで出会ってきたシリア人の気質そのままだった。それは突然現れた他者を暖かく受け入れ、垣根なく接するフレンドリーさであり、同じ場にいるもの同士、当然のように助け合える、あるいは助け合うべきだと互いに無条件で理解しているあの独特の連帯感であった。そこに、居心地の良さを感じた。

0SSA0049 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】
0SSA0031 2 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

やがて外が明るくなってきた頃、昨日同様に彼らとバスに乗った。移民支援を行うNGOの食料の炊き出しに同行するためだ。フランスでは公共政策でバスの乗車が無料だ。バス停で停車するたび、同じく炊き出しに向かう移民たちが同乗し、車内は賑やかになっていった。

0SSA0055 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

その日の炊き出し会場は(毎回同じではなかった)、畑地がえんえんと続く辺鄙なところで、まさに空き地のようなところだ。街の中心部で暮らす彼らが、バスで片道30分をかけ、わざわざ街の郊外での炊き出しに、それも一日2回向かっているのである。炊き出しは、なぜ街の中心部でされないのだろうかと考えたが、地域住民とのトラブルやゴミ問題を避けるためではないかと思われた(炊き出し後、路上は紙皿や料理が散乱してゴミだらけになっており、NGOは毎回掃除が必要なようだった)。炊き出し会場では、まだNGOが到着しておらず、続々と集まってくる移民たちは、互いに腕を組んだり、シリア風のダンスを踊ったりして時間を過ごしていた。

写真家の視点から言えば、その光景は素晴らしいシャッターチャンスだった。背後には緩やかな山並みと、青々とした田園が広がり、そこはまさに彼らの故郷シリアのような場であった。そこにあって、長い移動を繰り返してきた雰囲気をまといながら、仲間同士で腕を組んでダンスに興じる姿は、なんとも言えぬ美しさがあった。その姿を、私は撮らなければと思った。

0SSA0110 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

実は今回の取材では、私はあえてデジカメらしさを排除する撮影を試みていた。被写体を高画素で、明瞭に撮影することよりも、被写体が生きているその空間そのものの雰囲気を切り取りたかったからである。

本当は、ペンタックス67という中判フィルムカメラで撮影したかったが、フィルム代や現像代、スキャニング代の高騰から断念し(中判フィルムは現在、一本1500円ほどで10枚どり)、デジカメにフィルムカメラのレンズを装着することで、フィルム写真の空気感を表現できないかを試していた。結果、撮影は常にオートフォーカス(カメラが自動的に被写体にピントを合わせる)ではなく、マニュアルフォーカス(自分でピントを合わせる)となり、動きの速い被写体の場合、撮り逃す可能性が大きかった。それでもいい、ブレてもいいから、とにかく、自分でピントを合わせ、一枚一枚を確信を持って撮る、といいうことがしたかった。

田園風景をバックに、肩を組んで故郷のダンスを踊る彼らの姿に、私は必死にシャッターを切った。そして全部、ブレた。ピントをうまく合わせられなかったことに愕然としたが、目の前で、今も撮るべき瞬間が現れては消えていく。今はとにかく、撮り続けることに集中するのだ。

0SSA0097 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】

やがてNGOの車が到着する頃、移民たちは一列に並び、炊き出しを待っていた。その最前列で、移民の男性と共に嬉しそうに、堂々と立っていたのは、私の二人の子供たちだった。その姿を見たとき、私は「子連れ取材の最終形態」について突然の気づきと共に、妙な納得を得たのだった。この話は、別の機会に書かせていただきたいと思う。

0SSA0130 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】 シリア人移民との思い出【イギリス取材レポート-7】