「IS指導者、米軍の急襲によりシリアで死亡」の報道に思う (2022年2月8日)

日本ではあまり大きく報道されなかったが、2月3日、イスラム国(IS)の指導者が、米軍の急襲により家族と自爆死した。事件が「正義のための戦い」として報道され、過去になっていく。その違和感のあまり、(我ながら驚くが)二日ほど目が冴えてよく眠れなかった。現地メディアの動画報道を目にして頭から離れなかったこと、考えたことを、ここに書きたい。

突然の報道から数日経ち、次第に事件の全容が明らかになってきた。

アメリカのジョー・バイデン大統領は2月3日、米特殊部隊がシリア北部で夜間の急襲作戦を実行し、イスラム国(IS)の指導者と幹部が死亡したと発表した。

作戦は3日未明にかけ、シリア北西部イドリブ県アトメにて行われ、イスラム国(IS)の指導者アブ・イブラヒム・アル・ハシミ・アル・クライシ指導者が妻と子どもを巻き添えに自爆。指紋とDNA分析によって本人確認がされた。

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.bbc.com/japanese/60255298.amp%3Fusqp%3Dmq331AQIKAGwASCAAgM%253D

(「IS指導者、シリアで死亡 米軍が長期計画の作戦実施 」 BBC   2022年2月4日)

https://www.afpbb.com/articles/-/3388400?act=all&pid=24155693

(「IS最高指導者が自爆死 米軍、シリアで急襲作戦」AFP 2022年2月4日)←こちらは写真が充実しています。

バイデン大統領は、「世界にとってのテロの脅威が取り除かれた」と演説し、作戦の成功を謳った。現地の救助団体ホワイト・ヘルメットの発表では、作戦が実施された住居で、子供6人と女性4人を含む13人の遺体が見つかったと発表。(https://www.syriacivildefence.org/en/latest/statements/brief-us-raid-idlib/ホワイト・ヘルメット 2月3日)。

急襲によって自爆死したクライシ指導者は、バグダディ死亡後に指導者となった人物だ。1976年イラク出身で、アメリカ軍によるドローン攻撃で足を切断し、義足を付けていたとされる。

事件現場を撮影した、現地イドリブ県の反体制派メディア、「オリエント」の報道を見た。

https://fb.watch/a_erGn7SvZ/

(Olient  *こちらは動画です)

現場は近隣の人々が野次馬に集まったりと騒然としていたようだが、イドリブ県では、空爆や襲撃が何年にもわたって頻繁に行われてきた。今回のように米軍機が突如やって来て、特定の家族を殺害することに、人々の驚きもそこまでなかったようだ。それだけ尋常ではない状態が続いてきたということか。

現地メディアの動画には、崩れ落ちたコンクリートの家屋や、ものが滅茶苦茶に散乱した室内が映っており、激しい戦闘が起きたことを感じさせた。目に入ったのは、吊り下げ式の青いブランコや、爆発現場に放置された赤い子供服。クライシ指導者の家族と思われる、小さな子供が一緒に住んでいたのだ。もしかしたら、クライシ指導者とともに、一緒に亡くなったのかもしれない。その子らが、最後にどんなに怖い思いをしただろうか、痛い思いをしなかっただろうか、と思った。

血痕が飛び散った台所には、オリーブの油漬けの瓶や、香辛料の瓶などが整然と積まれていた。ここに、毎日台所に立っていた女性たちがいて、日々の生活があったのだ。

この家の大家によれば、クライシ指導者はほとんど外に出ることはなかったが、あるときオリーブの実を摘み取っていると、コーヒーを持って来て、一緒に語らったことがあったという。近所の人々は、指導者を穏やかで快活な人物なタクシードライバーだと思っていたようだ。指導者は、この家に1年ほど前から暮らし、スマートフォンでISの各部隊に指示を送っていたとされる。

https://www.afpbb.com/articles/-/3388643?cx_amp=all&act=all

(「穏やかな隣人がIS最高指導者、住民驚き シリア」 2022年2月5日 )

事件のあったイドリブ県アトメが、毎年取材を行うトルコ南部ハタイ県レイハンルに非常に近い土地であったこともあり、BBCやAFPなどのさまざまな媒体からこの報道を読んだ。そのほとんどが、指導者の殺害という結果をして作戦の成功を宣言し、「テロとの戦い」「正義の戦い」を謳っていた。

だが、多くの命が失われた現場を目にして、複雑な思いが込み上げる。

人間は誰しも、その存在を脅かされることなく生きる尊厳を持っているはずだ。自らの信条を他者に強要して、それを奪うことは誰にも許されない。人間の尊厳や権利を踏みにじる、テロリストとされる人々の罪は重い。だが、その命の尊厳は、同時にテロリストの側にも当てはまるのではないのだろうか。

その思想、行動が誤っていたからとて、その人物の生命、存在自体が、こうして正義の名の下に武力行使で奪われる。それを「正しい」と言えるのだろうか。

私はISやテロリストを支持したいのではない。IS幹部として行ったことへの罪は負うべきだと思う。だが人間は、こうやって武器をとって戦うことでしか、戦いをやめられないのだろうか、奪われたら、奪うことでしか収拾できないのか、と思ってしまうのだ。それなら、方法としては結局ISと同じではないか、と。

クライシ指導者は、IS幹部として多くの殺害計画に関わり、ヤズディ教徒の女性の奴隷化を支持したとされるなど、人道的な罪を犯した人物でもある。だが、容疑者が亡くなった現場に目を凝らせば、テロリストという側面とともに、誰かの夫であり、子供の父親だったという側面も目に入った。

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