いま、シリアはどうなっているのか〜国内の二つの火種とドゥルーズ派〜

(こちらの記事は、一般の皆様にも公開させていただきます)

政権崩壊から半年が経ったシリア。アサド政権下、抑圧に苦しんできた国民の多くが、新しいシリアへの期待を膨らませています。

しかし依然として、破綻した経済や崩壊したインフラの影響から、国民の9割近くが貧困ライン以下の生活を余儀なくされています。

さらに現在のシリアでは、国内に二つの大きな火種があるとされます。

シリアが抱えている二つの火種 その1

まず、ひとつ目の火種とされるのが、シリア北東部を実効支配したまま、暫定政府の支配下に入ることを事実上拒否しているクルド人勢力についての問題です。

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(2024年12月のアサド政権下のシリアの勢力図。クルド人勢力は北東部の紫色の地域)

この内戦によって分断された国土を統一し、ひとつのシリアへと戻すべく、暫定政府はクルド人勢力に対して、支配下に入るよう促しています。しかし、国を持たない民族として、クルドの国を持つことが悲願だったクルド人勢力としては、この内戦の期間、多くの血を流して現在の地域を掌握した経緯もあり、交渉は難航しています。

以下は、小松の夫ラドワンによる証言です。

「このままでは近いうちに、暫定政府とクルド人勢力は、絶対衝突する」

現在クルドが支配している土地は、圧倒的にアラブ人が暮らしていた土地だった。クルド人が多く暮らしていたのは、ハッサケやカミシリなどの北部の、より限られた地域だった。ここはクルド人だけの土地ではない。アラブの土地でもある。しかしクルド人は、ここに国を作り、クルドだけに有利な支配をこの地域で行なおうとしている。許容できるものではない」

もし衝突となると、大変な事態です。何故ならクルド人勢力は、かつてイスラム過激派ISの掃討作戦の中心的存在として活躍した経緯から、欧米諸国による軍事支援をこれまで得ており、強大な軍事力を保持しています。

また、クルド人勢力が支配するシリア北東部は産油地域であり、これからのシリアの経済の発展に必要不可欠とされる地域です。そのため暫定政府は、是が非でもこの地域の掌握を目指していますが、クルド人勢力は事実上、抵抗を示しています。現在、衝突には至っていませんが、非常にセンシティブな状況です。

暫定政府の核となっているのは、アサド政権崩壊前まで北西部イドリブ県を拠点としていた勢力、シャーム解放機構で、これまではアサド政権に対する勢力としてなんとなくクルド人勢力と団結していたものの、ここにきて、互いの理想とする方向性への違いから、衝突の懸念があります。そしてもしこの両者が衝突した際の影響は、非常に大きいでしょう。

シリアが抱えている二つの火種 その2

続いて、現在のシリアが抱えている火種の2つ目は、南部スウェイダ周辺でのドゥルーズ派住民との衝突についてです。こちらはすでに今年7月、ドゥルーズ派とスンニ派の遊牧民・ベドウィンの間で起きた武力衝突が発端となり、治安回復のために暫定政府軍が派遣されたことで、ドゥルーズ派との間で本格的な衝突に発展。現在も、ドゥルーズ派の抵抗が続いています。

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(2025年7月)

ドゥルーズ派は、イスラム教の一派とされ、中東の山岳地域を中心に、100万人近い信徒が存在します。イスラム教の一端とされるものの、輪廻転生を信じたり、クルアーンに記されている内容を重要視しなかったりと、多くのイスラム教徒から異端視されています。

以下、このドゥルーズ派についてYouTubeで解説させていただきました。編集が大変でしたので、是非ご覧いただけましたら嬉しいです(ご視聴はURLをクリックください)。

image 2 いま、シリアはどうなっているのか〜国内の二つの火種とドゥルーズ派〜 いま、シリアはどうなっているのか〜国内の二つの火種とドゥルーズ派〜

「輪廻転生を信じる?ユニークなイスラム教の一派、ドゥルーズ派」

現在のドゥルーズ派の動き

ドゥルーズ派住民の指導者となっているのは、ドゥルーズ派のシェイフ。つまり、宗教的権威が政治的権威となっています。

住民の多くをドゥルーズ派が占めるスウェイダでは、シリア政府の統治下に入るか否かで、この一ヶ月ほど大きな論争が繰り広げられています。論争には、主に2つのグループがあるそうです。すなわち、暫定政府に忠誠を誓い、その支配下に入って、ドゥルーズ派としてのスウェイダでの影響力は保とうとするグループと、(同じドゥルーズ派住民がいる)イスラエルに忠誠を誓い、暫定政府にどこまでも抵抗しようとするグループです。

ドゥルーズ派と暫定政府の衝突は現在も続いており、イスラエルの軍事介入もあり、状況は混迷を極めています。

これらの衝突の結果、スウェイダに食料品などの物資が入りにくくなっており、食料や医薬品などの物資が不足する人道危機が発生しています。

大変難しいのは、ドュルーズ派の多くの住民が、スンナ派の暫定政府の支配下に置かれることを受け入れられない、ということです。スンナ派が大多数を占める暫定政府からの支配は、ドゥルーズ派にとって、信仰を否定される可能性があるとみているからです。

アサド政権崩壊後も、国民の暮らしは逼迫しており、このような衝突も相次いで、自由や安定からは程遠いシリア情勢となっています。

(2025年9月5日)