小松由佳 写真展 「あなたは ここにいた 〜燃やされた故郷、パルミラ〜」 2024年6月13日〜6月24日

2024年6月13日(木)~24日(月)まで、新宿駅徒歩5分のOM SYSTEM GALLERY 様(旧 オリンパスギャラリー東京 様です)にて、写真展を開催いたします。

この二年間は、膨大な経費がかかる取材費と写真展開催費のやりくりに苦労し、現地取材をより優先して行ってきました。今回は、久々の写真展となります。

現在の私の全てを投入した、渾身の写真展です。多くの皆様にご来場いただけましたら大変嬉しいです。

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小松由佳 写真展 「 あなたは ここにいた 〜燃やされた故郷、パルミラ〜 」

▼会期

2024年6月13日(木)〜 6月24日(月)  10:00〜18:00

入場無料 休館日:2024年6月18日(火)・19日(水)  *最終日は15:00まで

▼会場

OM SYSTEM GALLERY(新宿駅西口から徒歩5分 / 旧 オリンパスギャラリー東京)

(〒160-0023 東京都新宿区西新宿 1-24-1 エステック情報ビル B1F) 電話番号:03-5909-0190

https://note.jp.omsystem.com/n/n9d19b51f200e

▼ギャラリートーク

6月15日(土)14:00〜15:00

6月22日(土)14:00〜15:00

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展示内容は、2022年夏、11年ぶりにシリアを取材し、空爆で破壊された夫の故郷、シリア中部のパルミラを撮影した記録です。大変に苦労しながらシリアに入国し、取材した写真であり、私としてもかつてないほど思い入れの強い作品群です。

夫の故郷である破壊されたパルミラと、そこを離れざるをえなかった難民たちの姿を通し、難民になるということ、故郷を失うということがどういうことなのかを、皆様と一緒に考えることができたら、と思います。

この展示は、答えを示す展示ではなく、問いを投げかける、というコンセプトです。写真から、それぞれに何かを感じていただけたら作家冥利に尽きます。

会期中、私は全日在廊しております。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

小松由佳

<ハガキサイズ チラシ>

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小松由佳 写真展「 あなたは ここにいた 〜燃やされた故郷、パルミラ〜 」

シリア中部のオアシス都市パルミラ。古代から東西を結ぶ交易の要衝として繁栄し、郊外には豊かな緑をたたえたナツメヤシの木々が涼しい木陰をつくる。その美しさは「砂漠の薔薇」と謳われてきた。しかし2011年以降、シリアは内戦状態に突入。四方を砂漠に囲まれたパルミラは、2015年にイスラム過激派組織ISに占領され、政府軍による激しい空爆にさらされた。市街地の8割近くが、このとき破壊された。

パルミラは私の夫の故郷でもある。この12年、私はトルコ南部で避難生活を送るパルミラ出身者のコミュニティを訪れ、多くのシリア難民を取材している。シリア情勢は今も不安定で、彼らが故郷へ帰還する見通しは立たない。こうしたなかで人々は、貧困や差別、失業、先の見えない不安などに直面しながらも、異郷に根付こうとする努力を続けている。こうした彼らの心の根幹にあるのは、パルミラという自らのルーツあり、そこで過ごした幸福な日々の記憶だ。

そのパルミラを、彼らは何故、離れざるをえなかったのか。そこは今、どうなっているのか。

難民が生まれた原点の地に立つため、私はパルミラに向かった。

(2024年5月8日)