『シリアの家族』 まもなく執筆完了。最後に込めたいメッセージとは。

彼らの喜びや悲しみ、激流の時代に身を置く苦悩を、書き切れているだろうか

大変光栄なことに第23回開高健ノンフィクション賞を受賞させていただいた『シリアの家族』が、11月26日に集英社から発売の予定です。そして今、まさに最終作業に取り掛かっています。

この作品は、歴史の奔流に翻弄されながらも、一筋の光を求めて生きようとするシリアの人々を描いたノンフィクションです。

原稿に筆を入れながら思い返すのは、祖国での空爆、迫害、そしてコロナ禍、さらにはトルコ・シリア地震といった幾重もの苦難を乗り越えてきた人々の姿です。

異郷での難民差別や困窮、先の見えない不安のなかで、それでもいつか訪れるかもしれない故郷への帰還を夢見、力強く生きてきた人々。

私は、そうした彼らのことを、この本に書き切れているだろうか。
彼らの喜びや悲しみ、激流の時代に身を置く苦悩を、文字の隅々にまで込められているだろうか。
まだ、書ききれていないのではないか。
その思いが、夜な夜な押し寄せてきます。

そこに凛と生きていた、私が一瞬、出会うことのできた人々の物語。野の花をそっと愛おしむように、最後まで書き切りたいと思います。

以下は『シリアの家族』の前半に登場する、「海を渡る移民」の写真です。2024年1月、イギリスに上陸するためドーバー海峡横断の船出を待つシリア人移民の取材を行いました。

                                               当時、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国では、大量に流入を続ける移民への排斥感情が強まりつつありました。こうした受け入れ側の苦悩がある一方で、祖国での紛争や迫害から逃れ、人間の尊厳を求めて旅を続ける移民たちの複雑な事情も目にしました。今日も、ヨーロッパ諸国を揺るがす移民問題ですが、『シリアの家族』で私が描きたかったのは、「移民・難民」という立場へ追い込まれていく人々のありのままの姿であり、最後の希望にすがるように旅を続けていた移民たちの思いでした。

(2024年1月、フランスの港町カレーにて、ドーバー海峡を渡っていくシリア人移民の取材をした。彼らはイギリスでの難民認定を目的に、ドーバー海峡を小さなボートで命懸けで渡っていく。当時7歳と5歳の二人の息子を連れての子連れ取材。移民たちに子供たちを可愛がってもらった)

(カレーの橋の下で焚き火に集まるシリア人移民たち。1月、海からの風が強く、寒かった。焚き火の燃料は、NGOが配布する薪のほか、拾い集めたゴミや古びた靴や衣類など、燃やせるものはなんでも燃やすという)

(ドーバー海峡の対岸、イギリスのドーバーの街の灯りがうっすらと海の向こうに見える。移民たちはこの灯りを目印に、イギリス本土を目指して海を渡っていく)

(焚き火に集う移民の男性たち。右の男性はアフガニスタン人。アフガニスタンから半年をかけて旅をしているという)

(アフガニスタンから旅を続けてきたという20代前半らしき青年。いつもシリア人移民と一緒に行動していたが、彼はアラビア語も英語も話せなかった。同じムスリムという立場から、シリア人移民が彼をサポートしていた)

(カレーの街の中心部の橋の下に、移民たちが野宿する場所があった。強風や雨を僅かに防げるこの場所に、移民たちは日中は焚き火を囲み、夜はテントを張って眠っていた。コンクリートの壁面には、「NEVER GiVE uP UK LonDoN INCHAAllAH」(原文ママ)の文字が。〝イギリス、ロンドンを絶対にあきらめない、インシャーラー(アラビア語で〝神が望むなら〟の意)〟。彼らはこの街で一カ月近く船出を待ち、ドーバー海峡横断に乗り出していった)

(シリア南部ダラー出身だというシリア人移民。移民の多くが若い男性だった。シリアからはリビアまで空路、リビアから地中海をボートで渡り、イタリアから徒歩でここまで来た)

(炊き出し会場までバスで移動する移民たち。カレーでは公共交通機関としてバス代は無料であった。乗り放題である)

(バスの座席で次男サラームを可愛がるエイハム。エイハムは、この日から約10日ほど後にドーバーの海へと船出したが、船が沈没して帰らぬ人となった)

(カレーでの移民の取材で大変お世話になったシリア人移民のエイハム。戦闘が続くシリア南部のダラーから、「自分の人生を変えるために」イギリスを目指しているという)

(カレーの街の郊外で、毎日朝夕にNGOによる移民への炊き出しが行われていた。正面は私の二人の子供たち。シリア人移民たちに抱っこや肩車をしてもらい、ここまで歩いた)

(カレーでの取材を終え、私たちがイギリスへと帰る日、シリア人移民たちが手を振って見送ってくれた。「次はイギリスで会おう!」。その彼らの声が、私の身体に蘇る。しかし彼らは、ドーバー海峡横断中にボートが転覆する事故によって、海中へと沈んでいった。彼らが、いかに命がけでその海を渡り、イギリスへと旅をしていたか、私は忘れない)

(カレーの街を歩く移民たちと、すっかり彼らと親しくなった私の子供たち)

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